000000 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

uniawabioyoyoの前立腺がん日記

PR

X

全2751件 (2751件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 >

2021.11.30
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類
東奥日報の記事の転載です。

 青森県沿岸のサケ漁が今年も不漁に見舞われている中、主力産地の八戸港への今季の水揚げ数量が、10月末時点で16トンにとどまっていることが八戸市水産事務所のまとめで分かった。

過去10年で最低だった前年の同期に比べ72%減の状態。

近年で最も多かった2018年の同期に比べると20分の1以下だ。

水揚げ減の影響で、イクラが取れるメスの価格は高騰。漁業者、加工業者ともに苦境に立たされている。

(知床の羅臼港でも鮭は不漁だそうです。ただ、サバは大漁です。八戸はどちらもだめです)






最終更新日  2021.11.30 11:00:44
コメント(0) | コメントを書く


カテゴリ:カテゴリ未分類
NEWSポストセブンの記事の転載です。

NKT(ナチュラルキラーT)細胞はT細胞、B細胞、NK細胞に続く第4のリンパ球で、免疫機能を担っている。

この細胞は、がんに対する攻撃能力が高いのだが、体内にほんのわずかしか存在しない。

そこでiPS細胞を利用した、大量作製可能な技術が確立された。昨年より、再発頭頚部がんに
iPS-NKT細胞を投与する、世界初の医師主導治験も始まっている。

がんの免疫療法は外科手術、抗がん剤治療、放射線治療に続く4番目の治療法だ。

すでに免疫チェックポイント阻害剤が保険承認されており、他の免疫療法についても、様々な研究が進んでいる。

その中でNKT細胞は、がんの免疫療法を担う細胞として注目されており、1986年に千葉大学医学部の谷口克教授(当時)によって発見、T細胞、B細胞、NK細胞に続く第4のリンパ球となる。

このNKT細胞は自然免疫と獲得免疫の機能の他に免疫細胞を賦活化させる作用があるため、がん細胞を細胞死させる能力が極めて高い。

ただ体内にわずか0.01%しか存在せず、大量に培養するのも難しかったのだ。

千葉大学医学部附属病院耳鼻咽喉・頭頸部外科の飯沼智久助教に詳しく聞いた。 「千葉大学病院
では2001年から、肺がんや頭頸部がんを対象にNKT細胞を使用しての臨床研究を実施。

その過程で、より多くのNKT細胞を投与できる方法はないかと思案していたところ、理化学研究所がiPS細胞を利用した、iPS-NKT細胞の大量作製技術に成功したのです。

これを使い昨年6月より、再発頭頸部がんの患者に医師主導の治験を始めました」  

iPS-NKT細胞は作製に段階を踏むが、ストックできる利点がある。

まず健康な成人から血液を採取、NKT細胞を取り出して培養後にNKT細胞を初期化し、iPS細胞にする。

このiPS細胞が増殖・分化することにより、NKT細胞の性質を持ったiPS-NKT細胞が最終的に完成し、各患者へ投与されるまで凍結保存される。

治験は再発した頭頸部がんの患者に実施。頭頸部がんとは口腔、副鼻腔、甲状腺、咽頭、口頭などに発生するがんで、

治験ではiPS-NKT細胞を直接投与、どのような有害事象が発現するかなどの安全性を検証している。

具体的には脚の付け根からカテーテルを挿入、がんの近くまで到達させ、がん細胞に直接栄養を送っている動脈にiPS-NKT細胞を投与して、がん細胞を攻撃する。

「頭頸部がんには通常、抗がん剤や放射線治療を行ないますが、いずれも長期間の治療を継続する必要があります。

また咽や口腔内のがんの場合、放射線照射で、ひどい口内炎が起こり、食事すらできないことも。

特に頭頸部がんは再発しやすいですし、合併症が少ないがん治療の選択肢がひとつでも増えるようiPS-NKT細胞動注療法(動脈に直接、投与する方法)の研究を行なっています」(飯沼助教)

現在も医師主導治験は継続中だ。今以上に安全性と有効性がよりよく確立され、世界初の治療法として臨床での普及が望まれている。
 






最終更新日  2021.11.30 10:58:17
コメント(0) | コメントを書く
2021.11.29
カテゴリ:カテゴリ未分類
八戸保健所健康推進課の健康講座「知って防ごう!生活習慣病」を聞いてきました。

講師ははちのへファミリークリニック理事長の小倉和也(かずなり)さんでした。小倉さんは国際基督教大学を卒業したあと、琉球大学医学部に入り直しました。家庭医を目指して活動しています。

医師が見る数値と、私たちが検診で指摘される数値には、若干の違いがある感じなので、改めて書いてみました。

メタボリックシンドロームとは、肥満、特に内臓脂肪に着目した言葉です。高血圧・糖尿病・脂質異常症と共に動脈硬化を起こしやすく、かつては「死の四重奏」と言われていました。

生活習慣病の前の段階です。新型コロナに感染すると、重症化しやすい傾向もあります。

これらの生活習慣病は、食べ過ぎが原因であることが多いです。

①腹囲が、男性では85cm、女性では90cm以上の方。ただし、海外では、男性が90cm、女性が80cmが
  標準であり、日本でも、変更される可能性があります。

②空腹時血糖が110以上。

③血圧が130/85以上。

④中性脂肪が150以上、またはHDLコレステロールが40未満。

以上の4つのうち、1つ以上を満たすものをメタボといいます。

●糖尿病・・・HbA1c6.5以上で、糖尿病と判定します。7.0未満を目指します。

・細い血管が傷つくと、目・神経(手足の先がしびれる・腎臓が侵されてきます。

・太い血管が傷つくと、心筋梗塞などが起こりやすくなります。

●高血圧・・・家庭での安静時に140/90を超えるとまずいです。

●脂質異常症・・・コレステロールが高い状況です。

・生活習慣を変えることは難しいです。専門的な助言・行動が必要です。

・朝食を摂りましょう。

・間食は避けましょう。肥満と高血糖では、一番の問題です。

・3食のうち、夕食の割合が高いと、肥満・高血糖・脂質異常症になりやすいです。

・意識して、運動をするようにしましょう。

・酒の適量は、ビールだと500ml、日本酒なら2合、焼酎ならグラス1杯です。

・体重60kgの人が20分歩くと、63Kcalを消費します。バナナ1本や小さいご飯茶碗に軽く盛ったご飯は 80Kcalあります。この数字を見ても、食事制限は必須です。

・25cm*25cmのランチョンマットに載る分だけ、食べましょう。

・毎日体重を測ります。目標を立てて、継続的に見ます。努力と成果を確認しながら継続することが
  大切です。

①禁煙
②運動
③飲酒は適量
④睡眠は7~8時間
⑤適正体重
⑥朝食を食べる
⑦間食はしない

食べてなったメタボや病気は、食べていては治せません。現実を直視し、行動する勇気を持って下さい。






最終更新日  2021.11.29 11:25:55
コメント(0) | コメントを書く
カテゴリ:カテゴリ未分類
地元紙の記事の一部転載です。

 冬型の気圧配置の影響で、青森県内は27日、観測23地点のうち8地点で今季の最低気温を観測した。

八戸市ではこの日の早朝、草木や道路などに、うっすらと雪が積もる様子が確認された。

同日の最低気温は、十和田氷点下1・6度、三沢氷点下0・5度、八戸0度、六ケ所0・2度など。

降雪が確認できた八戸市内では、市民が上着を着込んで歩く姿が見られた。


(日中、外を歩いていると、アラレが降って来て、頭に当たりました。)






最終更新日  2021.11.29 11:22:38
コメント(0) | コメントを書く
2021.11.28
カテゴリ:カテゴリ未分類
東公民館歴史講座「今は無き四戸について」を聞いてきました。講師は、八戸市立図書館・歴史資料グループの滝尻侑貴さんでした。

「四戸」は、苗字としては残っていますが、地名は消滅しています。

室町・戦国時代、八戸を含む糠部(ぬかのぶ)は、9つの「戸」、4つの「門」、1つの「郷」からなっていました。

このうち1つの「戸」つまり四戸と、東西南北4つの「門」、1つの「郷」(宇曽利)の地名は、現在残されていません。

・一戸
・二戸
・三戸・・・現三戸町・南部町・新郷村
・四戸・・・北は五戸町の浅水以南、東は八戸市櫛引・南郷、西は南部町福地村、南は二戸市金田一に
       囲まれた地域でした。
・五戸
・六戸
・七戸・・・七戸町・野辺地・三沢市の一部
・八戸
・九戸・・・九戸村・軽米町

「門(かど)」は4つあり、糠部の境界にありました。

・東門・・・岩手県洋野町
・西門・・・岩手県二戸市浄法寺
・南門・・・岩手県葛巻町
・北門・・・青森県田子町

鼻和郡、鹿角郡、久慈郡に隣接して、門が設けられました。

「宇曽利郷」は下北半島です。

・「四戸八幡宮神役注文・・正平21年(1366)8月15日
   櫛引八幡宮が四戸八幡宮と呼ばれていたことが分かります。

・「時衆過去帳」僧衆 永享元年(1429)6月
  「四部(四戸)の檀家が記載され、四戸に時宗の信者がいたことが分かります。

「櫛引八幡宮神事之日記写」
  流鏑馬の神事では、四戸や七戸、八戸が、「的(まと)」などの準備をしていました。当時、
  三つの戸は仲がよかったようです。

「東政勝書状」永禄年間(1558~70)
  四戸は戸内で矢合わせをした。(戦闘の開始を合図する行為)
  四戸、人馬別(とまべち・現在の苫米地)へ出馬。
  四戸が境に、一緒に出陣してくれるとうれしい

「南部晴政書状」永禄年間10月16日、八戸へ書状を出した。三戸・東氏(名久井)と北(剣吉)
  ・南(浅水)氏が対立。

   合戦の援軍として、七戸・八戸氏と共に四戸氏が登場。四戸、人馬別(とまべち)へ馬を
   出す。

「東朝政書状」永禄10年(1567)8月6日 八戸の主が幼かったので、八戸家臣の新田に書上を出
  した。
  八戸と四戸が対立。東は当初、四戸に援軍を出していたが、その後、仲裁するようになる。

「八戸家伝記」元亀年(1571)8月22日 この戦いでは八戸が勝ち、四戸・東から領土を取り
  ました。屋澤(矢沢)・水口(場所不明)・尻内・ 田面木。

九戸政実の一揆で、四戸を支配していた櫛引氏は、九戸に味方し、三戸・豊臣勢によって滅ぼされました。

「浅野次吉書状写」天正19年(1591)9月5日
「徳川家康書状」天正19年(1591)10月15日
 九戸一揆において、一揆に加担した、櫛引らが降伏したことを伝える。また、櫛引の残党をこと
 ごとく成敗したことを伝える。

四戸の領地は、三戸と八戸に分配されました。

「南部利直知行宛行状」元和7年(1621)5月29日
  「四戸之内嶋守・・」の領地が八戸直義に与えられている。嶋守は櫛引の部下でした。
   この時点で、四戸の領地ではなくなっています。ついでに、五戸の上市川も与えられました。

四戸消滅

「雑書」盛岡の書 承応3年(1654)6月27日条

  島守村が、「八戸内島守村にて」と表記され、四戸の地名が無くなっています。

これに先立ち、寛永11年(1634)に「糠部」の地名がなくなるので、その時に地名が再編され、四戸はなくなったと想像されます。

糠部解体と一緒に、四戸の地名はなくなったと思われます。糠部は解体され、北郡・二戸郡・三戸郡・九戸郡に別けられました。

八戸は、三戸郡内の八戸になりました。一揆に加担した九戸の名が、なぜ残っているのかは不明です。金田一城を、地元では、四戸城と呼んでいます。

四戸家

・櫛引家・・・四戸家の本家。主に四戸(櫛引)八幡宮の管理を行っていたと思われます。

・金田一家・・・櫛引氏から別れた一族で、本拠地を金田一城(四戸城)としました。一時期は、本家・櫛引家よりも、勢力が大きかったともいう。

・九戸一揆に加担した四戸家・・・「奥南旧指録」附録に記されている、九戸一揆に加担した人物で、四戸一族と思われる人物がいます。

櫛引河内守清長、櫛引城頭人、三迫被誅・・殿様。登米郡三迫で殺されたか?(同じく政実と運命を
                    共にした鹿角郡大湯住人の武将大湯四郎左衛門が三迫で
                    豊臣秀次に首を刎ねられています)

櫛引出雲守興繁、河内子、虜被誅

櫛引左馬助清政、河内子、討死

櫛引將監光清、河内弟、浪人

櫛引弥五郎興堅、出雲守子、浪人・・・清長の孫

櫛引十兵衛清寛、河内次男、秋田ニ走  走は逃げたの意

四戸伊豫入道全閑、政実子、亀千代懐ニシテ没落、江刺ヘ走・・・金田一

四戸中務宗光、金田一弟、讒ニヨリテ秋田ヘ走ル・・・金田一全閑の弟

嶋守安芸守
嶋守内膳正
嶋守主膳正

以上で、終わりです。






最終更新日  2021.11.28 10:42:16
コメント(0) | コメントを書く
カテゴリ:カテゴリ未分類
地元紙の三面記事左下段に、「地元紙元専務Kさん、前立腺がんで亡くなる」という記事が掲載されました。

ここの位置には、地元の有名人が亡くなると、詳細な記事が載ります。普通の死亡欄と違い、亡くなった原因も記載されます。

以前、同級生で元教育長のM君が、キリマンジャロ登山で亡くなった時は、高山病と発表されました。

今回の元地元紙専務は、前立腺がんでした。

前立腺がんは10年生存率が100%とか98%と言われていて、軽いがんの代名詞になっています。転移していなければ、そういえるかもしれません。

進行も遅いとみられています。しかし悪性度の高い前立腺がんは進行が早く、しかも、転移しやすいとみられています。

近所に住んでいた方は、初期の前立腺がんで発見されましたが、がんの悪性度が高く、診断されてから2年も待たないで、亡くなりました。

転移すると、完治はありません。前立腺がんは、男性が罹患するがんとしては第1位です。しかも、前立腺がんになった人の中で、前立腺がんで亡くなる人は2割以上あります。

甘くみていると、大事になります。






最終更新日  2021.11.28 10:25:23
コメント(0) | コメントを書く
2021.11.27
カテゴリ:カテゴリ未分類
「マネックス証券CEO松本大のつぶやき」の転載です。

昨日アメリカに着きました。ニューヨーク前に一カ所寄っていて、ニューヨークには明日(現地時間月曜日)入ります。

まだ短い滞在ですが、変化を感じます。これは日米の差のことではなくて、アメリカの中での数ヶ月前との変化です。


1.物価が上がっていること。

2.人手が不足していること(そしてサービスが低下、もしくは待ち時間が長くなる)。

こういう変化が出るところがアメリカですね。

日本のように物価もサービスも安定していることは、生活していく主体としては遙かに良いのですが、

アメリカのようにコスト転嫁が出来ることやダイナミックな変化を起こせることが、昨今では高く評価されがちな気もするので、

日本も少なくとももっと説明の仕方を工夫すべきだと思います。


ま、しかし、日本ほど暮らしやすくて、ハイクオリティで、安全で清潔な国もないと思います。ビバ!日本!アメリカ初日はそんなことを思ったのでした。







最終更新日  2021.11.27 10:41:48
コメント(0) | コメントを書く
カテゴリ:カテゴリ未分類
ハンギョレ新聞の記事の転載です。

最近、米国(6.2%)やユーロゾーン(4.1%)、韓国(3.2%)などほとんどの国の物価が急騰している中、日本の物価上昇率だけが0%台を維持している。

現在、物価高騰が全世界に渡るサプライチェーンの支障から始まったことを考えると、日本の物価は非常に異例だ。

原因は不動産バブル崩壊後の長い不況による価格決定構造の歪曲にあるという分析がある。

日本企業は不況の渦中で商品の価格引き上げがままならず、価格を引き上げる代わりに労働者の賃金上昇を抑制し、非正規雇用を増やすことで対応してきたが、

これによって消費余力が落ち、物価安の悪循環から抜け出せずにいるということだ。  

日本銀行は先月28日、今年と来年の年間消費者物価(生鮮食品は除外)の上昇率をそれぞれ0%、0.9%と見通した。

今年四半期の物価上昇率は、第2四半期が-0.6%、第3四半期が0%など。

日本政府の一時的な通信料金引き下げを差し引いても、第3四半期の物価上昇率は1%に過ぎない。これさえも、かつてのマイナス物価を考えると、大幅に上昇したと言われている。

日本は1990年代以降、長期にわたる物価安で、世界にデフレの恐怖を招いた。

コロナ禍でほとんどの国が物価安から抜け出しているが、日本の物価だけは依然として低いままであるわけだ。

日本もサプライチェーンの支障による問題がある。日本の卸売物価上昇率は9月に13年ぶりの最高値を記録した。

にもかかわらず、原材料コストの負担が他の国々のように消費者物価の上昇につながっていない。

その背景には、長い不況に見舞われたことで定着した企業各社の価格決定方式がある。

日銀は先月、「経済・物価情勢の展望」で米国などに比べて物価が上がらない理由を「日本企業は費用の増加分を価格に転嫁するよりは利潤縮小で吸収しようとする傾向が強い」と分析した。

簡単に言うと、物価安が30年以上続いていたことで、日本企業に販売価格を維持しようとする慣行が定着したということだ。

物価が低いため、価格競争で勝つためには、製品価格の引き上げは考えられない。  

問題は企業の利潤縮小が内部犠牲につながるという点だ。企業は価格を上げない代わりに賃金引き上げを抑え、非正規雇用を増やすなどの形で損失分を補っている。

1990年代以降、日本の賃金はほとんど上がっていない。昨年の平均賃金は、経済協力開発機構(OECD)加盟35カ国のうち22位で、下位グループだった。

今年1~7月の名目賃金と実質賃金は前年に比べてそれぞれ0.4%、0.7%の上昇にとどまった。

1990年、賃金労働者全体の20%だった非正雇用は最近37.2%まで増加した。 所得が低ければ商品を消費する余裕がなくなる。

結局、日本の物価は供給側では企業の値上げ抑制によって、需要側では消費余力の減少によって、なかなか上がらないと言える。

表向きでは世界の物価高行進の中、日本の商品価格が低く、望ましい状態に見えるが、経済の中身は低賃金の苦痛、生産性の低下による景気低迷などの悪循環が繰り返されている。

対外経済政策研究院のキム・スンヒョン専門研究員は「日本は物価を引き上げるため量的緩和を8年以上続けているが、消費を押し上げる要因がない状況だ」とし、

「1990年代以降、企業の保守的な賃金引き上げと非正規雇用の増加で経済主体の実質賃金は全く増えておらず、これによって消費ができないため、物価も上がらない現象として現れている」と述べた。

もちろん、日本の一部企業は原材料の負担に耐えられず、値上げを始めている。最近、家庭向けマーガリン類や小麦粉の価格、電気料金などが少しずつ値上がりしている。

しかし、根本的な問題解決なしには物価上昇の勢いは限られたものになるだろうという見方が出ている。

みずほリサーチは「来年は一時的に物価上昇率が2%に近づく可能性があるが、需要牽引型の上昇圧力は長く続かないだろう」と指摘した。

千葉銀行は「賃上げが広がらなければ高い物価上昇は続かない」と指摘した。

チョン・スルギ記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

(この指摘は、当たっています。日本人の賃金は、英国、韓国に追い越されました。)






最終更新日  2021.11.27 10:40:14
コメント(0) | コメントを書く
2021.11.26
カテゴリ:カテゴリ未分類
食べ終わると、マリアさんが厨房から出て来ました。青唐辛子を追加注文した人物に、興味を持ったようでした。

マリア「辛いのが好きか?」
私  「大好きです」
マリア「どうだった?」
私  「少し辛かったけれども、物足りなかった。尾形の南蛮漬けの方が辛くて、より好きです」
マリア「尾形さんのは辛い・・・」
私  「本で読みました。あなたはマリアさんです。お子さんは、5年前に来ました。(慌てた
    ので、いい間違いました」
マリア「5年前ではなく、5歳の時です」

 日本語が正確で、私の誤りを訂正してくれました。日本語が上手いマリアさんへの返礼のつもりで、スペイン語で語ろうとしましたが、会話が出来ません。スペイン語が全く出て来ないのです。

ここで、私とスペイン語の係わりを少し話しておきます。

南米旅行8ヵ月を計画しました。そのために、NHK第2放送のスペイン語講座初級編を、半年間勉強しました。

NHK第2放送の初級語学講座は、半年で一応、初歩の全てを網羅するようになっています。この頃は、昔と違ってCDが発売されていましたので、購入するために1500円*6か月分を出費しました。

言葉の勉強に、毎月300円台のNHKの教科書を払う以外に、お金を払うのは初めてでした。繰り返すのが大切なのは知っていました。

CDを購入したという事実から、私のスペイン語の学習に対する覚悟を想像してみて下さい。

ちょうど6か月の勉強が終わったところで、職業訓練所で「住宅建築施工課」の講習を受けることになりました。失業保険を、より長くもらうためです。

勤めが終了しましたので、日曜大工でも学べれば、という軽い気持ちで応募したのですが、これが三畳間の家を作るという、本格的なものでした。

座学でも設計図を描くソフトを2つ学び、更に、立体的な絵を描くソフトも学びました。家に帰っても、勉強をしなければ、付いて行けない状況でした。

先生も、地元の方だけでなく、大阪府の摂南、九州の飯塚、北九州からもいらしていました。スーパーホテルに泊まりながら、1カ月づつ、教えて頂きました。

職業訓練所で真面目に勉強した6か月後、修了証書を頂き、いよいよ南米に行く時が来ました。10日ほど余裕がありましたので、スペイン語の復習をしようとしました。

ところがです。教科書を再読すると、何も覚えていない事を知りました。1から10までも数える事が出来ませんでした。「はい」も忘れていました。

慌てて、南米には、NHKの教科書を持って行きました。ところがこれを勉強することはありませんでした。

役に立ったのは、「旅行のための6ヵ国語」という本でした。この本は、旅行に関しては、実用的な文章が載っていました。

これらを振り返ると、旅行をするだけの場合では、現在放送されている、NHKテレビの語学講座を勉強した方が、役に立ったのではないかと思います。

2021年、今年のNHKテレビ語学講座は「旅する・・・何々語」となっています。

ラジオ講座は、体系的に教わるのにはよろしいのですが、進行が早く、付いて行くのが大変です。その点、テレビ講座は簡単です。旅行にはテレビで勉強する方が向いています。

さて、スペイン語を全く忘れた状態で、南米に行かざるを得ませんでした。

現地では日系人とのお付き合いが中心でしたが、その他では、どうしてもスペイン語を話さなければなりませんでした。

実地の勉強をさしてもらいました。その結果、スペイン語は、少し話せるようになりました。

この勢いを持続したまま、「VIVA LA  VIDO」行きました。そこでは、スペイン語を全く思い出せなく、悲しい思いをしたことは、は既に話しました。

何とかしようと、1~0までを話しました。ところが、数字の順序が間違っており、マリアさんに、またもや指摘されました。

そこで、知っている文章を話しました。「私は○○歳です」『この都市の地図をもらえますか?」

これで、マリアさんは感動し、周りにいる人たちは、私がスペイン語を流暢に話すと誤解したようでした。皆が、私の周りのに集まって来ました。現実と違うので、困惑しました。

マリアさんには、意図はしていませんでしたが、良い印象を与えたのではないかと思います。次回訪れる時には、スペイン語を、もっと勉強しておくことが必要だと、思いました。

店を出ると、雨が降っていました。そこで話しかけてもらったのが、南部町に住む、妙齢の女性でした。

旧名川町の鳥谷に住む女性で、お母さんの介護のために、五戸に通っていとのることでした。その帰りに、頻繁に「VIVA DE  VIDA]に寄ているのだそうです。

鳥谷は旧名川町の南部にあり、岩手県の金田一と接しています。五戸に通うのは大変でしょう。

五戸駅まで、送ってもらいました。雨が降っていたので、ありがったかったです。八戸に戻ると、本降りになっていました。天気予報通りでした。午前中、雨に当たらなかったのが幸運でした。

音水小屋宿泊の報告はここまでです。お付き合いいただき、ありがとうございました。






最終更新日  2021.11.26 10:13:40
コメント(0) | コメントを書く
カテゴリ:カテゴリ未分類
地元紙への投書「介護の形」を読みました。一部を転載します。

内容は、①認知症の方との会話のやり取りと、②介護する人々への感謝の表明ですが、今回は①を紹介します。

先日紹介した、「兄弟合わせて190歳」の内容に、よく似ています。

『私の義理の姉は認知症で、グループホームにお世話になっている。やっと面会が許され、1年3ヶ月ぶりに義姉に会うことができた。

私の登場にけげんな顔をするので、フルネームで自己紹介したら、「若い時に会ったことがある」と言う。がっかり。

それでも彼女からの第一声は「お母さんが元気でらべか」だった。(元気でらべかは、方言です。元気でいるだろうか?の意です)

「お母さん」とは母親ではなく、私のことかもしれない。8年前、いきなり「お母さん」と呼ばれた時はびっくりしたが、母親のような気持で、この人を見守ろうと、心に決めた一瞬でもあった。

限られた時間のうちで、他人行儀な会話ではあったが、「幸せ」が2回。「お母さんが・・」の言葉が5回発せられたのがうれしく、来てよかったと思った。』

●クマ目撃情報

三沢市三沢淋代平、くらしを守る森公園西方の、国道338号。23日午前9時ごろ、1頭。






最終更新日  2021.11.26 10:07:43
コメント(0) | コメントを書く

全2751件 (2751件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 >


© Rakuten Group, Inc.