LFJ TOKYO 2018 とりあえず総括
さて、もう一週間経ってしまいましたが、その間にコンサートも2度ほど行ってたりするという.....ま、ともかく。 まず。LFJ TOKYO 2018のアンケートは回答されたでしょうか? まだの方は、とりあえずこちらから回答しましょう。なんでかというと、多分、LFJはかなり苦しい状況なんですよ。おそらく。だから、何の為にやるのか、を考えてもらう上で、と言うより、「LFJはこんな風に注目されてますよ」という声を伝えてあげないと苦しいのだと思うんですよね。 今年の報告が、トップページのニュース、5/7付けで出ていますが、今年の来場者は合計43万2千人。しかし、ざっくり言うと国際フォーラムでは30万人、丸の内地区で6万人、池袋は合計6万人。これはかなり低調だと思います。 個人的には、聞きたいものばかり選んで聞いていますからね。そりゃ、楽しんではいるし、面白いと思っているのだけれど、正直集客力が落ちてる気はします。 問題は幾つもあるのだと思います。 まず、国際フォーラムがはっきり後退しているということ。これ、国際フォーラムのLFJへの関わり方もかなり後退しているのですが、国際フォーラム自体がかなり迷走している気がするんですよね。久しぶりに国際フォーラムに行って少し驚いたのだけれど、地上にある出店エリア(屋台じゃなくて恒久の商業エリアですよ)にかなり空きがあるんですよね。国際フォーラムは、東京JAZZにも逃げられて、というか当人達は出て行かせたつもりなのかも知れないけれど、国際フォーラムという場の地盤沈下が止まらない感じなんですよね。で、こうなると、やっぱり公共セクターは弱い。ジリ貧退却戦に突入するのは昔から日本の公共部門のお家芸ですのでね.... もう一つは、そうなったことで、主体が変わってきているのだと思うのですが、今、じゃぁ、LFJは「誰が」「何の為に」やるのか、ということが迷走しているんじゃないかという気がするんですね。 これは、主催者側の目線でいうと、例えば先日ちょっと触れた東京・春・音楽祭のケースとの比較で見えてしまうとと思うんですね。誰が、何の為に、というのが、やはり、あるのかな、という気がしてしまいますよね。一方、お客の側からすると、一般的には、何をしようとしているのか、もう一つ伝わっていない気がするんですね。 LFJがテーマを持ってやる、というのは、まぁ分かるんですよね。一応。でも、それは、もう「誰が」と基礎的なレベルでの「何の為に」が確立されているという状況があればこそ機能するわけで、送り手の側も、受け手の側も、何をどうしようというのがはっきりしていない中で、なんだかピンと来ないテーマを提示されても、なかなか乗り切れない、というのはあるんじゃないかと思うんですね。いや、テーマが悪いんじゃなくて、その前段のところをどうにかしないといけないんだと思います。 今回の集客は、おそらく第一回と、2011年の震災の年以来の集客力の低さだと思います。実際、国際フォーラムの中に居ても、人出はそれほどではないなと感じもしたし。 でも、集客する方法は、まだまだあると思うんですよね。広告代理店あたりじゃどうしようもない(というかあれは日本のダメな第3次産業の典型例みたいなもんですから)のであって、もっと地道に「クラシック音楽をどうやって届かせるか?」というのを考えた方がいいと思うんですよね。で、実は、今回、いわゆるクラシックファンではない知人から聞いたのが「あ、LFJってまだやってるんだ?」という声。これ、以前もそういうことあったんですが、こういうものをやっていることを知らない人は結構多いし、以前やってるのに来たことがある人でも、今年もやってることを知らなかったり。 車内広告を打つとか、そういうことじゃないんですよね。もう、マスの時代じゃない。どれだけ届けたい層にターゲット出来るか?でも、本当に大事なのは、認知度を上げること、それも、ほっといてもやって来る、そのちょっと外側の層に対して認知度を上げていくことだと思うんですよね。 まずはこういうところかなぁと。 個別の内容はまた別途。