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March 2, 2024
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カテゴリ:仙台の歴史
弓ノ町(ゆみのまち)



仙台の中心部から江戸方面に向かうこのあたりは、仙台空襲(昭和20年)の被害を逃れ、道筋も、町の形も、昔のまま残っています。
戦後、全国的に行われた住居表示も、この町では行われていないので、今も「仙台市若林区弓ノ町」として、地番が住所として使われています。〔参考:仙台市「歴史的町名復活検討委員会報告書(平成21年1月)」〕


この道の両側が弓ノ町。懐かしい店構えの八百屋さんもあって、突き当りには泰心院の山門が見えました。泰心院と弓ノ町の間には奥州街道が横切っています。

弓職人の町だったから「弓ノ町」なのかな…と思ったら、違いました。

「寛永10年(1633)頃までに割り出され、弓足軽組の屋敷があった。慶長10年(1605)創建された大安寺には、弓足軽たちの信仰を集めた御弓八幡大菩薩の碑が残っている」
〔仙台市HP「町名に見る城下町」より〕

弓を使う足軽が住んでいた町だから弓ノ町、なのだそうです。

仙台の城下町では、武家の町を「丁」、町人の町を「町」としていると聞いていたので、おやっ?と思ったけど、足軽の町にも「町」が使われていたようです。〔参考:仙台市文化財パンフレット第23集(1990年)「辻󠄀標のしおり」〕

勉強になりました。


大安寺は、小さな弓ノ町の中にあって、かなり大きなお寺でした。(しかし、御弓八幡大菩薩は見つけられず…)


弓ノ町の通りの突き当りに見える泰心院の山門。
泰心院は、隣町(南鍛冶町)に建つお寺だし、寺と弓ノ町の間には奥州街道が横切ってるし、そういう意味では縁は薄いのかもしれないけど、この見え方には門前町の雰囲気もあって、もしかすると、大安寺と泰心院のどちらにも、弓ノ町は御縁を持っていたのではないか、と感じる風景でした。





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Last updated  March 11, 2024 06:00:28 PM
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