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東京今昔物語 (写真の世界 http://wakowphoto.world.coocan.jp/ より)

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2019.08.20
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カテゴリ:カテゴリ未分類
東京の初代の山の手地区とは、四谷、赤坂、麹町と言われています。先に、赤坂の町を通過する靑山通りを山の手の街を貫く目抜き通りとして取りあげましたが、麹町と四谷を通過する新宿通りも、立派な山の手の目抜き通りです。

新宿通りと言いますと、誰もが新宿三丁目から新宿駅東口までの、新宿で最も賑わう繁華街通りを思い浮かべますが、今回取りあげる新宿通りは、半蔵門から四谷四丁目までの区間で、麹町大通りと四谷大通りに分かれます。

この新宿通りのこの部分も、靑山通りと同じく、前回の東京オリンピック(昭和39年1964)のお陰で大幅に改善された通りで、東京オリンピックのマラソンコースの一部となったので、オリンピック関連道路として整備されたのです。

今回取りあげる新宿通りのこの部分は、武蔵野台地の一つである淀橋台地の尾根筋を西に行くところで、道路の左右は低地帯となっており、北側は傾斜の急な坂であり、南側はゆるやかな坂です。尾根筋ですから見晴らしの良い道路でしたので、江戸時代には大規模の旗本の武家屋敷が並び、明治維新になって薩長の政治家、軍人、財閥関係者など上流階級の人々が住んだ地域でした。

東京は大正、昭和、平成と時代が進むに連れて、街は西に向かって延びていきましたから、麹町大通りの沿道にも大手企業、有名企業がオフィスビルを構え、中高層ビルが建ち並び、格式の高い街路に発展しました。麹町大通りは、台地の尾根筋に合わせて左右に緩いカーブを描く優雅なオフィス街路です
(写真1、2、3)

新宿通りは四谷見附でJR中央線と総武線の駅上を跨ぎます。半蔵門からここまでを麹町大通りと言い、ここから先四谷四丁目交差点までを四谷大通りと言います。四谷大通りも、高層ビルの建ち並ぶ街路で、道筋は直線的ですが、ビル地上階には商業店舗が多くなり、歩道は麹町大通りよりも賑やかさを増します。
(写真4、5、6、7)

平成三年(1991)新宿四丁目から新宿三丁目まで間に新宿通りに並行して新宿御苑トンネルが開通して甲州街道へ抜ける自動車専用道路ができたので自動車の流れが良くなりました。半蔵門から甲州街道を経て西方に通じる基幹道路として、新宿通りの利便性は高まりました。
(以上)
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写真1 麹町大通り 片道三車線の幅広い道路が緩やかにカーブしています。


写真2 麹町大通り 両側の歩道も幅広く、楽しく歩けます。


写真3 麹町大通り 信号待ちで待つ自動車はありますが渋滞はしません。


写真4 JR中央線と総武線の四谷駅上にある跨線橋越しに四谷大通りを見る。


写真5 四谷大通り 直線的でビルの高さは麹町大通りより低い感じです。


写真6 四谷大通り


写真7 四谷三丁目交差点付近の商店街


写真8 新宿御苑トンネル






Last updated  2019.08.20 13:27:27
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