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東京今昔物語 (写真の世界 http://wakowphoto.world.coocan.jp/ より)

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2018.07.05
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カテゴリ:カテゴリ未分類
神田古書店街については、既に2回(「神田古書店街も進化する」2008.10.25、「神田古書店街はリサイクルの元祖」2009.10.02)で取りあげていますが、今回は、それらを纏めて書き直し、新しい写真を加えました。

神田古書店街は、靖国通りの専修大前交差点から駿河台下交差点まで続く長い街並みです。それも古書店の殆どの店は靖国通りの南側に並び、北側には見当たりません。太陽の光が直接書物に当たると日焼けするのを嫌うからです。
(写真1、2)

前回、明治以降に多数の学生達が神田に集まり、神田の古書店街を発展させたと書きましたが、司馬遼太郎は「古本の街のいまむかし」というエッセーで次のように書いています。

「東京の神田の古本の街は江戸時代からのものだが、その後、いよいよ充実した。・・・要するに神田に集中していた塾とともに興り、栄えた。明治後、神田に法律学校がたくさんできて、それが、明治大学などのもとになったことはいうまでもない。」

大阪は商人たちの街でしたが江戸は武士たちの街でした。しかし江戸時代は平和でしたから武士たちは戦さの代わりに学問に励みました。幕府は新しい儒教の朱子学を正学として採用し、神田の湯島に昌平坂学問所を設けて朱子学を奨励しましたので、神田周辺には武士だけでなく町人も通う学習塾が沢山存在したそうです。当然、その学習塾で使う漢文の教科書(漢籍)を取り扱う書店が周辺に出現し、その大半は古書店でした。

漢籍は中国から輸入した書物ですが、日本人は漢文の文体をそのままにして日本流に読み下しました。「漢文訓読」という手法で、外国文を日本文として読んだのです。外国の文章を翻訳せずにそのまま日本語として読むのは、世界史上でも珍しい離れ業でした。即ち当時から漢籍は日本書籍になっていたのです。

ですから、明治時代に多くの愛国的な中国青年が日露戦争に勝った日本に近代化を学ぼうと来日したとき、神田の古書店街で、自国では既に失われた中国の古典(漢籍)が沢山あるのに驚いたと記しています。

明治以降、日本は西欧文明を摂り入れるため沢山の洋書を輸入しましたが、同時に、西欧の書籍を熱心に日本語に翻訳しました。日本語は漢字と仮名文字を併用した文体でしたが、中国から借用した漢字だけでは西欧文明を翻訳するには不足でしたので、明治の日本人は、日本製の漢字(熟語)を数多く考案して、巧みに西欧文明を日本語に翻訳したのです。その和製漢字は戦後の中国でも西欧文明の導入に便利なので使われています。(例えば「中華人民共和国」のうち人民と共和国は和製漢語です)

近代になって西欧文明を受け入れた多くのアジアの国々では、自国語で西欧文明の成果を学んだり発表することが出来ず、高度の学校教育では西欧の言葉(例えば英語)で行なっています。韓国の学生が日本の大学で日本語で高度の自然科学や人文科学を教えていると知って驚いていたそうです。大抵の途上国では高等教育では欧米語のテキストを使っているからです。

日本人は、古くは高度の古代中国文明を漢籍のまま日本文(自国語)として読み、近世以降は高度の欧米文明を原語ではなく日本文に翻訳して学びました。そのため、日本は、文明国の中では自国語(日本語)の書物を最も多く所有している国でしょう。

経済地理では集積が集積を呼び、土地の履歴は持続すると云いますから、本好きの日本人が居る限り、神田の古書店街は発展し続けるでしょう。街並には書物を探索する人の姿は絶えません。
(写真3、4、5)

そう思って、改めて最近の街並を観察してみますと、戦後になって街並の長さは余り変わりませんが、二階建ての書店が大きなビルになって、街並の背丈が高くなり、書店の容積は増大しているのです。しかし、モダンなモルタル造りの戸建ての書店や洒落たファサードの店舗は僅かに数軒を残すのみで、昔の古書店街の風情が失われたと寂しい思いがします。
(写真6、7、8、9、10)
(以上)
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写真1 駿河台下交差点から見た古書店街


写真2 靖国通りの専修大前交差点から見た古書店街


写真3 書物を探索する人々


写真4 書物を探索する人々


写真5 書物を探索する人々


写真6 中層階の独立ビルの神田古書店街


写真7 低層階の連棟ビルの神田古書店街



写真8 低層階の連棟ビルの神田古書店街


写真9 モダンなモルタル造りの戸建ての書店


写真10 しゃれたファサードの店舗(老朽化で近く立て替えの予定)






Last updated  2018.07.05 19:06:39
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