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テーマ:命と労災(56)
カテゴリ:弟の事故(事故から最初の退院まで)
お願い、この日記には、どうしても、血やえぐい表現を使わなければ、なりません。それらが、苦手の人は、読まないで下さい。それでも、大丈夫な方や同じ体験をされた方には、一人でも、多くの人に読んで欲しいです。
2002年7月後半 入院7日目 後半 病院に、入ると、いつもの様に手を入念に洗う。ここまで来ると、汗だくだった。早く着替えたいが、とりあえず、病室へ向かう。 病室へ入る前に備え付けのアルコールで、手を洗う。両親が、出迎えてくれた。弟の顔が、幾分赤みを帯びているように見える。熱のせいもあるが、血液が、順調に体内を回っているようだ。 着替えを渡すと、父は、いつもの様に、トイレへ着替えに行ってくる。会社に電話を入れると言っていた。後から、分かったが、この時、子供の事故とはいえ、会社を休んでいる、父の事をあまり良く、思わない人が、何人か居たそうだ。 タオルや洗濯物などを渡し、私もトイレへ着替えに行く。すごく、それだけで疲れた。かなりの汗をかいているので、デオドラントスプレーをかける。 病室へ戻り、弟の手を握りながら、また、いつもの様に勝手に話しかけると。弟が、足を組みかえるときに蹴られそうになった。 びっくりしたが、嬉しかった。無機質な、病室は、やはり死のにおいが、するが、何とか、助かって欲しかった。 その時、大きな音と共に、ドクターヘリが、降りて来た。病院のスタッフと。ドクターヘリの医師が、急いで、患者を中へと運ぶ。また、この救急病棟に新しく、患者さんが来た。生きて欲しいと思うが、厳しい状態が、頭に浮かび、強烈な吐き気とめまいが、襲う。 トイレに行くと、言い、慌てて、病室を出る。 病室と反対にあるトイレへ、向かう今にも、吐きそうだったが、何とか、ガマンした。 トイレへ、入るとすぐに、吐いてしまった。口をゆすいで、しばらく、ベンチに座っていた。なんだか、最近、こんな事ばかりだ。いろんな不安が、頭をよぎり、しばらく、立て無かった。15分位して、病室へ戻った。 病室へ戻ると、母が、心配そうにしていた。顔が、真っ青だったと言うのだ。自分では、見えないが、そうだったらしい。 買って来た、昼食は、食べる気にならず。『もう食べてきた。それは、両親の分だ』と言って、渡した。 少し、休むようにうながされたので、そうする事にした。すぐに、泥のように眠る。誰かが、居てくれるだけで、救われた。 しかし、すぐに、午後の回診だった。いくらも寝ないで、病室の外で、待つように言われる。 医師からは、栄養状態が、気になるので、そろそろ、経口で、水分を取ってみようといわれる。病院から、吸い飲みを借りて、まずは、水を飲ませた。 うまく、飲めないようだった。そのときに、『痛いと、やめろ』と言ってきた。昨日より、無意識ながら、しゃべる量が、増えた。 嬉しかった。明日は、何か別の飲み物を買ってこようと思う。そして、この日から、母とわたしの看病が、本格的になる。二人で色々、考えながら、やって行った。それが、無ければ、弟は、今の状態で、居られたとは、思わない。結局、家族の力が、大きく物を行く事になる。 そんな事をしていると、あっという間に時間が、来た。荷物をまとめ、慌てて、病院を出る。父とは、病院の外で、別れる。そして、駅まで、早足で、歩く、星空を眺める余裕など、無い。途中、周りの家から、聞こえる楽しそうな声が、胸を苦しめる。自分が、一人ぼっちのような気になる。そんな事を思う、自分が、情けなかった。 駅へ付き、電車を待つ。その間、つい、うとうとしてしまう。もう少しで、電車に乗り遅れるところだった。今度は、しゃきっと、意識を保ちながら、PHSのメールと着信を、確認する。何も考えて、いなかったのだろう。あっという間に駅へ着いた。駅から、全速で、走り、改札を抜け、階段を駆け上る。すぐに電車が、来たので、乗り込む。 電車の中でも、何も考える気力が、無かったようだ。ただ、無意識で、PHSのメールと着信を確認しつつ、サイフを見る。今なら、間に合う。もう、間に合わないから、最悪、タクシーだ。そんな事しか、考えないで、電車に乗っていた。自宅のある駅に着くと、やはり、疲れ果てる。 何とか、歩き出し、自宅前のコンビに横に、今日は、いかないと決めた。入ると、また、帰るのが、遅くなる。今日は、疲れ果てていた。ただ、信号のところで、少し立ち止まってしまう。何でか、足が、動かない。何本か、青信号をやり過ごし、やっと渡る。 家へ付くと、仏壇に線香をあげ、二人の祖母と、兄に手を合わせる。『今日も、弟を守ってくれて、ありがとう。明日も、自分の命と引き換えに弟と家族を守って欲しい。弟の元気な姿を見たら、私は、そちらへ向かいます』と祈った。 その後、洗濯物を取り込みたたむ。そして、ハンカチにアイロンをかける。 サラダを作り終わった後。風呂の残り水を洗濯機に入れ、洗濯の予約をする。またも、うとうとするが、何とか、こなした。明日の荷物も、準備しておく。 そして、布団を伸ばして、すぐに眠ってします。これで、7日目が、やっと終わった。 (明日へ、続く) 今日は、ここまでにしたいと思います。読みづらくてすいません。 この日記を読んでくれた方や同じ体験をされた方には、どんな事でも構いませんから、ぜひ、コメントを書いて欲しいです。 その事が、私に、どれほどの力を分けてくれるのか、分かりません。 この日記を書くには、大変な労力を必要とします。 心の奥底に閉ざした、記憶と記録の照合は、精神力、体力、気力を根こそぎ奪います。 日記を書いた後、疲れきっている私に、皆さんの支えと、コメントが、何より、力を与えてくれます。 それが、あって、はじめて、毎日、書き続けられます。 どうか、よろしく、お願いします。 最後に、同じ体験をされた方や、何かを伝えたい方は、この命と労災のテーマで、日記を書いて欲しいと思います。今後とも、よろしく、お付き合い下さい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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