峠 最後のサムライ
人生で最も感銘を受けた本は?…と尋ねられたら、何を選ぶだろう?吉川英治さんの「三国志」、或いは北方謙三さんの「楊家将」あたりだろうか…(略)いや、やはり司馬遼太郎さんの「峠」を選ぶ。 ――とBLOGに書いたのは、08年10月26日の駄記事「峠」でのことだが、学生時代に「峠」を読み、主人公である越後長岡藩家老・河井継之助の生き様に感銘を受けて以来、(読んだことのある)司馬作品の中では「峠」が最も心に残っている。 「峠」は昭和41年(1966年)11月~昭和43年(1968年)5月まで毎日新聞に連載され、68年10月に新潮社で刊行されたものらしいが、私の心の奥底にずっと留まり続けているこの作品が今回初めて映画化され、「峠 最後のサムライ」というタイトルで6月17日から公開されているというので、昨日鑑賞してきた。 大好きな作品が実写化されるというのは期待半分・不安半分といった複雑な気分であったが、今までは想像で補っていた史実が映像化されたことによってよりリアルに認識出来たという点では観てよかったと思う。ガトリング砲をぶっ放つ継之助とか、小千谷談判やら八丁沖の奇襲やらとか。 ただ、継之助の生き様を2時間やそこらで描ききるにはどうしても無理があり、物足りなさを感じてしまったのはやむを得まい。でもってこれは全く個人的な感想であるが、継之助を演じた役所広司さんはとても素晴らしかったが、もう少し若い方(役所さんは映画撮影時で60代前半、継之助は享年42)でもよかったかも…。但し、継之助は文政10年(1827年)1月1日生まれで役所さんは昭和31年(1956年)1月1日生まれだそうなので、何やら御縁は感じる。あと、奥様(おすがさん。演じているのは松たか子さん)の出番が多すぎる気がするが、まぁこれは仕方がないか。 開明論者であり、封建制度の崩壊を見通しながら、継之助が長岡藩を率いて官軍と戦ったという矛盾した行動は、長岡藩士として生きなければならないという強烈な自己規律によって武士道に生きたからであった。(新潮文庫「峠」下巻裏表紙) 継之助は長岡藩の武装中立を願い、旧幕府軍と新政府軍の調停を行う事を新政府軍の若き軍監に申し出るも、交渉は30分で決裂。そして奥羽越列藩同盟に加わって北越戦争へと突入していくのだが、文庫本上下巻1,100余Pのうち北越戦争自体の記述は100Pほどしかない。望まぬ戦争に行き着くまでの1,000Pで継之助の人物像が丹念に描かれているため、最終的に戦いざるを得なくなり、そこから死に到るまでの継之助の冷静沈着な奮闘ぶり、最後のサムライ魂が余計に胸を打つのである。映画はどうしても時間の制約があるため、彼の死の前年に行われた大政奉還から始まっており、継之助の奇才(奇人)っぷりがかなり省略されているのはちょいと残念ではあった。 嗚呼、だけどやっぱり「峠」は本当にいい作品で、河井継之助の生き様が(地元民には賛否両論あるだろうが)好きだ。継之助は備中松山藩の山田方谷の教えを請いに遊学し、長瀬(岡山県高梁市中井町)を訪れて方谷に弟子入りしたという。岡山県民としてちょっぴり嬉しい。 私もいつか継之助の記念館を見に長岡市に行こうと思う。 コロナ禍で公開が延期され、この度やっと見ることができた