弥々＊とはず語り　　　

如月、この季節になると、ふと思い出す。
故人は享年63歳。三味線をこよなく愛する方でした。
ご子息らの悲しみは深く、あまり詳しく伺える状況ではなかった。

故人には1男2女の3人のお子様がいらっしゃったが、奥様はいなかった。
喪主であるご長男が小学2年生の頃、離婚なされたそうだ。
末のお嬢様はまだ2歳。手のかかる盛りだが
故人は3人のお子さんを引き取り、男手一つで育て上げたのだ。

サラリーマンだったが、小さな子供を抱えてはまともな仕事はできない。
やむなく退職され、兄が経営する小さな町工場にお世話になる。
炊事・洗濯をこなしながら、懸命に家族を守って生き抜いてきたご生涯だった。

ご自分の楽しみはもてたのだろうか？
憂いの中に、ひそかな安らぎ。
故人は三味線を心の友に、何かにつけては、つま弾いていたそうだ。

くたくたになって家に着き、3人のお子さんに食事を与え、風呂にいれ
ようやく一人落ち着けると、毎晩のように居間の片隅で三味線をつま弾いていらした故人。
その3本の弦の震えが、子供達の子守唄だった。

そして何より、吾も心が震えた瞬間があった。それは【開式前の拍手】

三味線は故人を語るに外せない。
告別式の開式前に、故人がご長女の結婚式で津軽三味線を披露なされた映像をご覧頂いた。
スクリーンの中には、きりりとした表情で、花嫁の父の憂いをひた隠すかのように
夢中で弦をつま弾く故人の姿があった。
演奏が終わると、参列者から拍手が沸きあがった。
一瞬、これからお葬式が始まるということを忘れる瞬間。
歓喜とまで言える様な、温かい拍手が会場に溢れた。

吾も、われを忘れそうになるほど、心が震えた。
この拍手は、故人の生きざま、ご生涯を称える最高の証だ。
読経中も、なんとも言えない温かい空気に包まれている気がした。

そしていつでもどんな時でも、弱音をはかず笑ってやり過ごす父の姿は
3人のご子息らにしっかりと受け継がれたのだろう。

ご長男は、啜り泣きが渦巻く中、きっぱりと、しっかりと
胸を張って挨拶をなされた。
泣き崩れたい程の悲しみは、故人が子供達に残した思い出という宝物によって
全て浄化されたような思いがした。

万ちゃんと言う愛称で多くの方に慕われていらした故人。
三味線のお仲間や、いきつけのスナックの飲み友達、工場のお得意さんに至るまで
多くの方が真心で、香を焚かれた。

忘れられないセレモニー、如月の頃にはふと、思い出します。

それでは、まだまだ故人のことを語りたいゆえ
続いて当日のナレーションをアップいたします。
興味のある方は、続きをどうぞ（同業者の閲覧はきついがのう）

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BGM♪早春賦（フルートバージョン）♪

故 N村M 様。昭和14年12月20日に生を受けられ、以来63年のご生涯でございました｡

兄の工場を手伝いながら、1男2女と3人のお子様を育ててこられた日々･･･

ご長男が幼少の頃は､ラジコン飛行機などを自作され遊んで頂いた事も
今では懐かしい思い出の一つ･･･

気が付くといつもM様のつま弾く三味の音色が響いていた一家の団欒。
おつらい事もあったかもしれません。
けれどそんな素振りは微塵も見せず
喜びも憂いも悲しみも全て3本の弦に込め、朗らかに実直に歩まれたご生涯。

M様の三味の音色に多くの方が魅了されたのは
そこにM様の思いが溢れていたからなのかもしれません。

Ｈ一門の名を授かり、師範名はＨ葉精。
若葉のごとく繊細に紅葉のごとく艶やかに
喜怒哀楽に包まれて三味線を手にしたM様のお姿が、皆様にも偲ばれるこのひと時･･･
ご遺影を見つめていると、M様の三味の音が聞こえてきそうな気が致します。

万ちゃんという愛称で、生涯に渡り多くの方と交流を持たれた故人様。
ここに縁に結ばれし皆様がおいででございます。
目を閉じるとM様との語らいの日々が皆様の胸にも蘇えるこのひと時。
思いは尽きぬ事かと存じますがお別れの時を迎えました。

故人の御霊へと感謝の意を捧げながら､この葬送のひと時をお勤めくださいませ。