「南樺太(からふと)残留韓国人」 問題 喜多由浩記者が教えてくれること
『絵で見る樺太(からふと)史』 という読みやすい小冊子がある。「樺太1945年夏 氷雪の門」 の上映館で8月11日に買って即日読了。発売元は太陽出版。著者は高橋是清さん (昭和46年東京生まれ。同姓同名の政治家とは別人)。スジの通った記述で、好感がもてる。これを読んで驚いたのが、日本領の南樺太に立派な産業があったこと。樺太の蝦夷松(えぞまつ)・椴松(とどまつ)を原料にした製紙工場が大正時代から設けられ、昭和8年5月には王子製紙が競合他社を吸収合併して、樺太随一・日本最大の製紙会社となる。良質の無煙炭も産出した。炭坑のある塔路町(とうろまち)は炭鉱関係者が集まって人口が増え、塔路小学校は3,000名の児童をかかえる、当時 日本最大の小学校だった。そういう繁栄があったからこそ、企業は極寒を補う高給を支払えたし、島民が40万人を数えたわけである。本土空襲が始まると、米軍の空襲がない樺太にわざわざ疎開してくる人々もいて、「樺太天国」 という言葉まであったと、これは映画プログラムのほうに書かれていた。こういう基礎知識を国民が共有していたなら、「サハリン残留韓国人問題」 というデマに日本人はだまされずに済んだはずだ、と改めて思った。産経新聞記者の喜多由浩(きた・よしひろ)さんが、さる8月22日にコラム “from Editor” に書いている。ネットで調べたら、平成19年6月4日にもこの問題をさらに詳しく書いておられた。後のちの資料として、転記させていただきます。産経新聞 “from Editor” 平成22年8月22日≪「菅談話」 によってまた、亡霊が動き出した。現在進行形だから生霊というべきか。多くの国民が知らないまま、長年、巨額の血税がつぎ込まれてきた、「サハリン残留韓国人問題」 への “デタラメ人道支援” のことである。 韓国・ソウルから南へ電車で約1時間の安山市に、サハリンから韓国への帰国者用の住居として日本が約27億円を拠出して建てたマンション群がある。2LDK、バス、トイレ付き。韓国語が読めないサハリン生まれの2世が多いから、ロシア語の掲示板は至る所にあるが、日本の支援に感謝する記念碑などは見当たらない。 住民に話を聞いてみると、しょっちゅう里帰りする (彼らのサハリン-韓国の往復渡航費も、滞在費も日本持ちだ) ためか、家財道具がまるでなく、“別荘代わり” に使っているとしか思えない人、関係のない一族郎党を堂々と住まわせている人。驚くべきことに戦後、北朝鮮や旧ソ連からサハリンへ移ってきた人 (当然、日本とは何の関係もない) まで住んでいるという。 日本の支援はこれだけではない。療養院をはじめ、引き続きサハリン在住を希望する人たち用の文化センターの建設費。果てはヘルパー代や光熱費の支援まで。3年前には、「まだ帰国を希望する同胞が3千人以上もサハリンに残っている」とゴネられ、民間マンションの借り上げ代などとして約3億円の追加支援を余儀なくされた。 この問題で日本政府は「法的責任はない」と言い続けてきた。ところが、戦後30年もたって大ウソのプロパガンダをわめき立てる輩(やから)が出てくる。「日本は4万3千人もの朝鮮半島出身者をサハリンへ 『強制連行』 し、戦後は彼らだけを 『置き去り』 にしたんだ」と。日本人がそう言うのだから韓国側が飛びつかないはずがない。 まあ、日本もアジアの大国だ。一万歩譲って 「人道支援」 はヨシとしてもいいが、それはもう “十分すぎるほど” やった。戦後65年、本当に故郷へ帰りたかった当事者は、もうほとんどいない。日本とほとんど関係のないサハリン生まれの2世、3世のために、人道支援が続けられているのだ。 夫の朴魯学さんとともに帰還運動に取り組んだ堀江和子さん (ともに故人) が憤然として言ったことがある。「本当に帰りたかった1世のときは助けてくれなかったのに、なぜ関係のない人にお金を出すのか」と。 (文化部編集委員 喜多由浩)≫「島民40万人のなかの4万3千人が、半島から拉致されて来た朝鮮人だった」 なぁんてわけ、ないだろ。かりにそんな囚人島だったとしたら、怖い。「樺太天国」 などという言葉は生まれない。朝鮮半島から遠く樺太に来て製紙工場や炭坑で働いた。かりに 「朝鮮出身の労働者がその出身ゆえに、内地出身の労働者より低い賃金しかもらえなかった」 とすれば、今日の価値観からいって賠償の対象となりうるかもしれないが、そういうことではないようだ。戦後に、日本人のように樺太から追放されることなく、生活基盤のある樺太に残った朝鮮人たちは、「追放されずに済んでよかった」 と思っていた可能性だってあるのではないか。さて、同じ喜多由浩記者の3年前の文章を読んでみたい。こちらのほうが詳しい。産経新聞 「深層真相」 平成19年6月4日 ≪「在サハリン韓国人」 理由なき支援 続く予算拠出 今春、成立した政府の平成19年度予算に 「在サハリン 『韓国人』 支援」 の名目で約3億円が盛り込まれたことを一体どれだけの国民が知っているだろうか。「人道的支援」 の名の下、サハリン残留韓国人問題で政府が拠出してきた金はすでに70億円近い。だが今夏以降、サハリンから韓国への帰国事業を拡大することになったため、日本も新たな負担を求められることになったのである。戦後、60年以上が経過し、もはや支援対象者はほとんどいなくなったはずだ。“理由なき支援” が続く背景は…。 (喜多由浩)◆◇◆ 韓国・ソウルから電車で約1時間の安山市に、サハリンからの永住帰国者約1,000人が住む 「故郷の村」 のアパート群がある。2000年に日本が建設費約27億円を出して造った (土地代・維持費は韓国側が負担) 施設だ。 バス・トイレ付きの 2LDK。家賃は無料、生活費として1世帯あたり日本円にして約10万円が韓国側から支給されるから、ぜいたくさえしなければ生活に心配はない。 ほかに、病弱者を対象とした療養院もあり、建設費はもちろんヘルパー代まで日本が出している。これらは平成7年、周辺国への 「謝罪」 に熱心だった村山内閣時に決定されたものだ。 日本の支援はこれだけではない。日韓の赤十字が運営する共同事業体に拠出する形で、▽ 永住帰国はしないが、韓国への一時帰国を希望する人たちのサハリンからの往復渡航費と滞在費を負担 (今年3月までに延べ1万6,146人が一時帰国)▽サハリンに残る 「韓国人」 のための文化センター建設 (04年竣工、総工費約5億円)など、相手方から求められるまま、至れりつくせりの支援が行われてきた。◆◇◆ だが昨年秋、韓国側は「まだサハリンには韓国への永住希望者が3,000人以上も残っている。今年夏以降、数百人単位で順次、帰国させたい」として、日本側に新たな支援を求めてきた。 日本が建てた永住帰国者用の施設にはもう空きがない。ついては、別の公営住宅などを借りるからその家賃を日本側で負担してほしいという話である。 さすがにそれは拒んだものの、結局、サハリンからの渡航費などは日本側で支援することになった。それが冒頭に挙げた約3億円だ。 そもそも、戦時中に労働者としてサハリンに渡ったのであれば80代、90代になっているはず。戦後60年以上たっているのにいまだに 「支援対象者」 が絶えないのは、支援者の条件が単に、「終戦前から引き続きサハリンに居住している 『韓国人』 」 などとなっているからだ。 この条件なら終戦時に1歳の幼児だったとしても支援対象になるし、日本とのかかわりも問われない。実際、現在の対象者の多くはサハリン生まれの2世たちである。戦後、北朝鮮から派遣労働者としてサハリンに渡った人など、「日本とは何の関係もない人」 まで、支援を受けていることが分かっている。◆◇◆ 戦時中、朝鮮半島からサハリンへ行った労働者は企業の高い外地手当にひかれて、自ら海を渡った人が多かった。しかも、彼らが戦後、帰国できなかったのは、当時のソ連が北朝鮮に配慮して国交のない韓国への帰国を認めなかったからだ。だから 「日本に法的責任がない」 という政府の主張は間違っていない。 百歩譲って、アジアの大国としての 「人道的支援」 は認めるとしても、すでに使命は十分に果たしたはずである。それなのに、支援を打ち切るという話はどこからも聞こえてこない。 支援事業を行う日赤国際部は、「日本政府としては各事業の効果や必要性等を入念に精査の上、人道的観点から現実的な支援を策定しているものと承知している」とコメント。外務省関係者からは、「この程度 (の額) で済むのなら…」 と本音も漏れてくる。 だがそういう 「事なかれ主義」 が歴史問題で日本を苦境に追い込み、竹島や慰安婦問題で譲歩を余儀なくされたことを忘れてはならない。【用語解説】 サハリン残留韓国人問題 戦時中、日本統治時代の朝鮮半島から企業の募集などで樺太 (現・ロシア領サハリン) へ渡った韓国人が、戦後にソ連 (当時) の方針で出国が認められず、数十年間にわたってサハリン残留を余儀なくされた。日本の民間人の運動がきっかけとなって、1980年代半ば以降、日本を中継地とした一時帰国、さらには韓国への永住帰国が実現した。日本政府は一貫して 「法的責任はない」 と主張してきたが、日本の一部政党・勢力が 「日本が強制連行した上、韓国人だけを置き去りにした」 などと、事実無根のプロパガンダを繰り返したために、日本政府は帰国事業などへの人道的支援に乗り出さざるを得なくなり、戦後60年以上たった現在も支援が続いている。≫この用語解説に一点、いちゃもんをつけておくと、「樺太 (現・ロシア領サハリン) 」 といえば日本が本気で統治したことのない 「北樺太」 のことになってしまう。日本領樺太だった 「南樺太」 は、国際法上はいかなる国にも属さない所属未定地なのである。日露平和条約が締結されていないから。