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カテゴリ:創作ショートストーリー
ショートストーリー
【おいしいスイーツのおはなし チーズケーキ編) 私は小さな洋食屋のオヤジ。この街の片隅でせっせとひたすらに料理を作り続けて、そろそろ10年が経とうとしている。既製品は、ほとんど使わず、料理から、パン、デザートまで自分で作らなければ気がすまない頑固な料理人だ。 今日も忙しいランチをこなし、短い休憩を挟んでディナータイムを迎えた。私の店は立地的に平日の夜はさほど忙しく無い。翌日のランチの準備をしながらお客さんの来店を待っている事が多い。 「カランコロン♪」ドアを開けて入ってきたのは私がホテルに勤務していた時の後輩夫妻だった。 「先輩、お久しぶりです!」 「ご無沙汰してます」 「おや、珍しいわねえ二人揃って。一緒に休みがとれたの?」私の妻も同じホテルで働いていたので夫婦揃っての顔見知りだ。 彼は私が在籍していた職場で現在も働いている元部下。彼女は同じホテル内の「ペストリー」というお菓子を作る部署のパティシエとして働いている。二人が付き合うキッカケを作ったのが私達夫婦だったのだ。 「久しぶりに一緒に休みがとれたのに俺達ダメっすね、遊び方を知らないって言うか、趣味が無いって言うか。公園のベンチに二人でボーっと座っていたらもう夕方ですよ。でもね先輩、今日は風がやさしくってとっても気持ちが良かったんですよ。だからなかなか動けなくって……」 「いいじゃねえか、今日みたいに天気がいい日に二人でノンビリ出来て。贅沢な時間の過ごし方だよ」彼のとなりで奥さんが屈託の無い笑顔で頷いている。 私は彼女のこの笑顔が大好きで、可愛がっていた後輩とのキューピット役を買って出たのだった。 私達夫婦は店を始めてから昔の仲間達とすっかり疎遠になってしまったが、独立開店希望者の彼らだけは時たま顔を出して元職場の情報をいろいろ教えてくれる。 「みんな元気にやってるか?怒ってる連中も居るんだろうな、黙って店を始めてとんとご無沙汰だから」 私達夫婦の店のオープンはとても急だった。独立を目指してホテルを辞めて、それまで苦手だったデザート作りの勉強をするためにケーキとパンの店で働き始めた1年後に知り合いの不動産会社から好条件の物件を紹介された。 オープン準備に追われて昔の仲間と連絡を取り合う時間と気持ちの余裕が全く無かったのだ。
お世話になったシェフにさえもオープンの報告をせずに日々の仕事に追われズルズルと十年が過ぎてしまった。しかし私も歳を重ねてきたせいか、昔を思い出す事が多く無性にその頃の仲間に会いたくなる事がある…… そんな私の気持ちを察してか、この後輩夫婦がホテルの仲間を何人か連れてくる計画を練っているらしい。 「先輩、覚悟しておいてくださいよ!シェフも呼んでありますから」 「えっ、シェフまで来てくれるの?説教されるんだろうな、いろいろと……だけどまあ皆に会えるんだ。楽しみにしているよ」 食後のデザートを食べながら奥さんの表情が一瞬止まった。 「先輩、このチーズケーキのレシピ、変えました?前はホテルレシピのチーズケーキでしたよね」さすがパティシエの彼女だ。ホテルレシピを微妙にアレンジしている事に早速気が付いたようだ。 「うん、しばらくはホテルレシピのまま作っていたけどちょこっとだけメレンゲを増やしてみたんだ。クリームチーズのコクと風味はそのままにして全体をもうちょっと軽くしたくてね。ここを始める前に短い間だけど働いていたケーキ屋のレシピも参考にしてアレンジしてみた。結構いい感じだろ」彼女の口にはこちらの方が合っている様だ。 「レシピ、教えて下さいよ!私は断然こっちの方が好き!」 「ダメダメ、企業秘密だからそんなに簡単には教えられないよ。俺がこの店を閉める時か、お前達が店を出す時には教えてあげてもいいけどね」冗談半分の私の答えに二人は顔を見合わせながら照れくさそうに笑っている。 「先輩、俺達が店を出すのは相当先になりそうです。その前に子育てをしなきゃいけないんで……」なかなか子宝に恵まれない二人に私達夫婦は気を揉んでいたのだが思いがけない形での嬉しい報告だった。 「なんだ、そんなにめでたい話ならもったいぶらずに早く話せば良いのに!そうか、それは良かったな。おめでとう!それじゃあ当分の間、このチーズケーキは当店の独占販売だな」嬉しい報告も有り、今日は和やかな気分で一日を締めくくれそうだ。 「あの二人って穏やかで良い夫婦ね。ねえ今度の定休日は私達も近所の公園にでも行ってノンビリしましょうよ」 妻も今日は和やかな気分に浸っているのだろう、私にそんな提案をしてきた。 「そうだな、いつも忙しい思いをしているだけじゃ、つまらないものな。晴れたらいいな」 やさしいそよ風を頬に感じながらゆったりと時の流れに身をゆだねる。そんな休日の過ごし方もたまには良いかな。 fin お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2023年06月12日 16時35分18秒
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