ニャン騒シャーとミー八犬伝 ~五犬士会同の巻き
小文吾は山賊を退治した山から麓へとたどり着いた。芹と芽恵の二人は疲れ果て、小文吾の両肩の上ですやすや眠っていた。その時、一人の白い犬の娘が小文吾の前に立ちはだかり、長い棒を握りしめ、震える声で叫んで身構えた。「あんた人さらいだね?その子は私の従妹の芹。返せ。返せ。返せ。」そう言ってその娘は、持っていた木切れを激しく小文吾の丸太のようなふくらはぎに何度も何度も打ち付けた。小文吾は娘をつまんでひょいと目の高さに持ち上げたが、まだ棒を激しく振り回している。「百合お姉ちゃん、百合お姉ちゃん。違うよ違う。わたし、この人に助けてもらったんだ。」騒ぎに気付いた芹は小文吾の肩の上から百合に向かって叫んだ。 「ごめんなさい。恩ある方にこんなことしちゃって本当にごめんなさい。」百合は涙を流しながら、小文吾の赤いみみず腫れを冷たい手拭いで冷やしながら何度も謝った。「百合ちゃん、立派だったよ。怖かっただろ?私みたいなおっかないおじさんが相手じゃ。」小文吾は百合の頭をそっと撫でながら微笑んだ。百合は芹とはぐれ、一晩中山中を探し回り、傷心の中下山してようやく小文吾の肩の上に乗せられた芹を発見して必死だったのだ。 この騒ぎにも拘わらず、幼い芽恵は小文吾の肩の上でまだ眠っていた。暗い山中で芹に会うまでたった一人と、長い間不安と恐怖の中で震えていたのだ、余程安心したのだろう、無理もないことだ。 もうすぐ夜明け。白み始めた峠の向こうの傍にある一軒家に赤く明かりが灯っていた。家に近づくと、猫の女性が灯を背にひとり立っていた。「お姉ちゃん。」繋いでいた小文吾の手を放し、百合は姉の蘭のもとへ走った。小文吾が近づくと蘭は丁寧にお辞儀をしてお礼を言った。「百合から聞きました。この度は妹たちを助けていただきお礼の申しようもありません。狭いところですが、どうぞお入りになって疲れを落としてください。」姉の姿を見つけて、泣き始めてしまった芹を小文吾から受け取りながら蘭は言った。「メー・・・・」芽恵は山羊のような声を出しながら何か言おうとしていた。「この子ね、私が山で迷子になったときに見つけたの。お父さんと山の中ではぐれちゃったんですって。」芹の言葉に芽恵はようやく言葉をつないだ。「芽恵の父さん。父さんどこ?」小文吾の肩から芽恵を抱きかかえながら蘭は優しく言った。「明るくなったらみんなでお父さんを探しに行きましょ。」 三毛猫の蘭は父五里の両親が行商で留守の間、妹たちを家に預かっていた。そして、家に入ると驚いたことに小文吾ほどとは言えないが、大きな体の男が布団に横たわっていた。「この方は、昨日百合たちが町に油を買いに行ったあと、私が畑仕事をしていると藪の中からさ迷い出てそのまま気を失われたのです。どうやら崖から落ちられたご様子。村の人に手伝っていただき今お休みいただいております。」小文吾は久しぶりの暖かいご飯と美味しいみそ汁をすすりながら、じっと男を見つめた。先程から何か初めて会ったような気がせず、不思議な気持ちがしていたからだ。 そのとき、蘭の家の戸を誰かが叩く音がした。蘭が戸を開けると、そこには雷が立っていた。「おや、雷。どうしたんだい?」雷は事の次第を話し、伴って来た信乃、現八、荘助の三人と家に入って来た。そこには部屋を埋め尽くすような巨体の小文吾が座っており、隣の部屋にはもう一人男が布団に横たわっていた。雷はその男を見つめて立ち尽くした。「雷、どうしたんだ?」信乃の言葉に雷は言った。「このお方です。おいらが追いはぎに襲われたときに助けてもらったお侍さんは。」