PART2@欲求への挑戦
前回の続きです。**********>「絶対不可」としたなら患者や、特別な事情で子を持てぬ、現実に存在している人の苦しみをこのまま放置し、見捨てることになります。「人の尊厳を守る為に、人の尊厳を踏みにじる」というのはあまりにも矛盾しています。不幸な境遇の方々の苦しみを「放置」し「見捨てる」のかと言われると、(適用外の)着床前診断に対して疑問を投げかけたり反対している方々は、とんでもなく冷血で非道な感じになりますね。もっとも、これまでのやりとりの論旨を普通に汲んで頂いていれば、そういう立場ではないことは理解されていると確信しておりますが。で、売り言葉に買い言葉みたいで大変恐縮なのですが、「子供が欲しい」という方の気持ちと、(意思を表明出来ない受精卵も含めた)排除されるかもしれない側の方々を、「尊厳」というもので一括りに出来るものなのでしょうか。非常に短絡的に言うならば、天真さんがおっしゃる「尊厳」を守るためには、一方の「尊厳」を踏みにじることにもなりかねないわけですよ。また、暴論を承知で極論を申し上げれば、文面だけで判断すると(そういう趣旨ではないことは重々承知のうえで)子供を欲しない夫婦には「尊厳」がないかのようにも受け取れます。これは、やはり同じ土俵で一括りに出来るものではないからだと思います。排除されるかもしれない側の方々は、「尊厳」どころか、その「存在」までもが(天真さんの言葉を借りれば)踏みにじられる(否定される)わけですよね。一方、「子供が欲しい」側の方々は、一言で言うならそれは「欲求」が出発点になっていると考えます。「子供が欲しい」と思うのは当然且つ自然なことで尊ぶべきことだと思いますが、今回のやりとりにおいて「尊厳」という言葉で括れるかとなると、ワタクシは括れないと思いますし括るべきでもないと思っています。>着床前診断の存在が差別を助長するか?と問われたら、私は「そのようなケースも起こり得るだろう」と答えざるをえません。但し、どの程度助長するかについては、「ほんの僅かである」と答えます。(適用外の)着床前診断の正当性を訴える論拠の中で、「少数意見をないがしろにしてはいけない」とおっしゃっていた天真さんの発言とは思えませんね・・>その根拠は、今現在ボランティア等で障害者を支えているような人が、着床前診断の是非によって、手のひらを返すように冷たい態度を取るとは、およそ考えられませんし、逆に、今現在、障害者を不要な存在だと考えているような人にとって、着床前診断が在ろうと無かろうと、星の数ほどある口実のひとつが増減するだけの事です。障害者についてのワタクシの疑問や懸念は、ほとんどそーにゃさんと同じなので割愛しますが、要は、「障害者差別の助長はほんの僅かだと思いますし、ボランティアの方々も手の平を返すようなことはありませんから、今まで通り世話になって安心して過ごして下さい」という趣旨と理解してよろしいでしょうか。>すべての口実を消し去るなど到底不可能でしょうし、仮に出来たとしても、最終的には「とにかく障害者が嫌いなんだ」と開き直るでしょう。そもそも障害者差別に正当な理由などある訳が無く、所詮は子供が「にんじん嫌い、ピーマン嫌い」と言っているのと大差ないレベルです。差別意識に影響があると言っても、間接的に僅かに作用するもので、第三者によるフォローや救済措置は十分可能でありましょう。もう、このあたりになってくると、議論を尽くすというよりほとんど力技ですね。ROMさんなどにはどうかわかりませんが、少なくともワタクシには何の説得力も感じませんでした。>大多数の人たちは差別問題にも、着床前診断にも無関心です。これだけマスコミで騒がれているにも関わらず「着床前?なにそれ」という人が驚くほど多いのです。説明をしても「自分には関係ないからよく判らない」というのが実際のところです。これについては、ワタクシも含めて反省すべきところはあるでしょう。そういう意味で、大谷医師の行為は残念に思うんですよね。もっと他に方法があったのではないか、と。>それに対し、着床前診断が受けられない事で、当事者が蒙る打撃は直接的かつ甚大です。また、救済措置は無きに等しいのです。ただ、それを(ワタクシも含めた)無関心な大多数の人たちに文句を言うのも違うんじゃないかなぁと思います。公害などの人災に関連するものであれば責任の所在は明確ですが、恐らく、「だって、子供を欲しなければ始まらない話じゃん」という認識が残念ながらあるのかもしれません。そこが、(救済措置の整備が)遅れている要因の一つかもしれませんね。>受精卵と胎児、新生児の間には人が便宜的に引いた線があるだけで、実際には連続しています。選別せずに済むものなら、それに越したことはありません。しかし、今の段階では他に方法がないのです。前述した(ワタクシも含めた)大多数の無関心者に対しては、「しかし、今の段階では『子供が欲しいという欲求を満たすためには』他に方法がないのです。」とした方がいいのかもしれません。>勿論、全面的に解禁というのには、私は賛成できません。あくまでも「救済」としての適用である場合に限るべきです。何故ならば、不妊でも障害者でも無い、ごく普通の人が着床前診断を受けたいと考える場合、大抵がただ漠然と障害者を産みたくないとの理由からです。だから、その「救済」の範囲というか「基準」は設けてあるわけでしょう。それを、大谷医師をはじめとする何人かの医師が破っているわけでしょう。仮に、現在争点となっている適用外の着床前診断をフリーにしたとしましょう。で、その線引きは誰が決めるのですか?その、個人個人の動機は一体誰が調べるのですか。各医師の倫理観に委ねますか?医師が判断するのでは、今回の一件と何ら変わらないのですよ。そのうち、どんどんその基準が形骸化していくのではないでしょうか。それを懸念しているわけです。誰も、(適用外の)着床前診断を受けざるを得ない状況の方々に「子供は我慢しろ」などとは思っていないでしょう。ただ、安易に認めてしまえるほど簡単な問題でもないわけです。>気軽に受けられる美容整形でさえ一定のリスクがあります、体外受精には、それとは比較にならない程のリスクがあります。患者は、それらのリスクを十二分に承知した上で、あえて不可能に挑戦しているのです。悩み抜き、考え抜いた末の決断をしてきているのです。ワタクシは、重大なリスクがあるからやめるべきだなどとは微塵も思っていません。「リスクがこんなにあるんだぞ」と言われても「そうですか・・で?」としか言えません。これは、あくまでも「適用外の」着床前診断についてですが、非常に下劣な例えを出せば、正規でない賭博に有り金すべて突っ込んで「これが当たらねぇと一家離散なんだぞ」と言われるのと同じ感覚に囚われてしまいました。>私も、着床前診断の全面解禁には反対です。どうやって線引きをするのか難しいところですね。線引きしても、その時適用外の側にいる方々は水面下でやっちゃうでしょうし。>大谷医師がしたこと正しいか否か、それは歴史の審判を待たねばなりません。もう、これ自体が「やったもん勝ち」ということだと思うんですよ。もし仮に、歴史の審判で裁定が下り大谷医師の行為が後者であっても、やっちゃったもんはもう戻せないわけですよね。>追伸:天真は「てんま」と読みます。閲覧している方はお気付きかも知れませんが、「遙かなる時空の中で」というゲームに登場するキャラクターの名前です。妻がハマっています(笑)すみません。ワタクシはゲームをやらないので全然わかりませんでした・・これを聞くまで「てんしん」さんだと思っていました。「てんしん」でちゃんと変換しますし。**********次回に続けたいんだけど、続くかなぁ・・