カテゴリ:L 【人生】【死生観】
記事 別れた娘へ、刑期を終えて押した「友達になる」ボタン 朝日デジタル 伊藤喜之 2017年5月21日05時00分 子どもたちは、クリスマスプレゼントで届いたラジコンカーやピアノを喜んだ。女性は「お父さんっていうか、年上の友達ができたみたいな感じです」と話す=20日午後、加藤諒撮影 2年近くの刑期を終えた男は、最初にスマートフォンが欲しかった。 ブラックリストに載っているのか、正規の店では契約できなかった。身分証を示さなくてもいい店を探し、大阪市内でレンタルのスマホを借りた。 男には、フェイスブックで「友達」になりたい女性がいた。手に入れたスマホにフェイスブックのアプリを入れ、すぐに女性の名前を探した。珍しい名だったから、まもなく見つかった。でも、この日は、それ以上何もできなかった。 17歳で山口組の傘下組織に入り、傷害などの罪で合わせて約15年服役した。その後、組から脱退したが、4年前に薬物事件で逮捕された。一昨年暮れに出所し、知人のつてで解体業を始めた。40歳をすぎ、もう前の生活には戻りたくないと思っていた。 スマホを手に入れて数週間。男は迷ったすえに、女性のフェイスブック画面で「友達になる」のボタンを押した。女性は自分からのリクエストに応えてくれるだろうか……。 数日待ったが、反応はなかった。あきらめて、フェイスブックを開くこともなくなった。 8カ月後。ふと気づくと、友達リクエストが「承認」されていた。男は、すぐにメッセージを送った。返信がきた。 《あの、私のお父さんですか?》 ◇ 返信を打ち終えた娘は、すぐには信じられない気持ちでいた。生まれてから20年以上、父親に会った記憶はない。でも、メッセージの主は、たしかに戸籍謄本でみたことがある名前だ。 小学生のころ、授業で親の仕事について調べる宿題が出た。家で「お父さんは何でいないの」と尋ねると、母親は「死んだよ」とだけ答えた。 でも、いつ、なぜ死んだのか。母親は口をつぐんだ。疑って押し入れのアルバムもめくった。父親の写真は1枚もなかった。 母親には新しい交際相手がいた。ある日、同居する男性の足をいたずら半分で蹴ると、強く殴り返された。そばにいた母親も止めてくれない。「お父さんがいれば」。あのとき、泣きながら心の中で願ったことを思い返した。 ◇ 男が娘を抱いた記憶は、1歳のころが最後だ。盗難車の売買に関わった罪で服役すると、刑務所に離婚届が届いた。それから、ちょうど20年がすぎた。 こんな自分を、娘は許してくれるだろうか。 《ごめんなさい!》 そう返信するのがやっとだった。その返事を待ちきれず、フェイスブックの通話機能を使って、電話をかけた。 通話口で、男は謝罪の言葉を繰り返した。娘はそのたびに「ぜんぜん大丈夫です」と言った。 父親は死んだと聞かされて育ったこと。でも、たぶん生きていると信じていたこと。男も暮らした街の高校に通い、18歳のときに年上の会社員の男性と結婚したこと。娘はこれまでどう生きてきたかを語った。 昨年11月、男と娘は西日本の街で会った。母親には内緒にした。 互いに驚いた。男は、娘の容姿もしぐさも、若き日の母親の生き写しだと思った。娘は、父親が思ったより男前で若々しく、何より「優しそうだな」と思った。 「キャキャッ」。子どもの声で、男は我にかえった。娘の手には、3歳と2歳の兄妹の小さな手が握られていた。「ほら、おじいちゃんだよ」。娘が言った。 父娘はその後も、ときどき会っている。昨年のクリスマス。ラジコンカーと電子ピアノのプレゼントが、幼い兄妹に届けられた。
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