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記事 サウジは、若き皇太子の暴走で自滅へ向かう
私は商社マン時代 東洋経済オンライン 内田 通夫
サウジアラビアはイスラム教発祥の聖地マッカ(メッカ)とマディーナ(メディナ)の保護者であり、イスラム教スンニ派ハンバリー法学の原理主義ワッハーブ派を国教とする。”イスラム教の保護者”であるという自負が王家を支えてきた。これまでは初代国王イブンサウドの息子の世代が王位を継承してきたが、今、孫の世代(第3世代)が王位を継承する時期に差しかかっている。異変はすべて、次の国王と目されるムハンマド皇太子(32)の政策と性格に起因する、といっても過言ではない。 サルマン国王は支離滅裂な発言も 2015年にはアブドゥラー国王が死去。アブドゥラー前国王は皇太子時代を含めて20年間、サウジアラビアを統治し、名君の誉れが高かった。その統治手法は、イスラム原理主義の1つ、ワッハーブ派を内外で宣教しながら、米国に安全保障を依存し同盟関係を維持するという、ダブルスタンダードの綱渡りを巧みに行ったことだ。その手段として、敵味方を問わず「気配り、金配り」で手なずけ、抑え込む。 国際関係の闇の部分、たとえば過去には、アルカーイダやIS(イスラム国)を支援育成したことなどをなるべく表に出さない、という手腕に長けていた。 最大の危機は2001年9月11日に米国で起きた「米同時多発テロ事件」だ。犯行グループの主犯とされたオサマ・ビンラディンは、サウジアラビアの大富豪で、実行犯のほとんどはサウジアラビア人だった。資金もサウジアラビアの王族、富豪、慈善基金から出ていたとされる。ビンラディンらの目的は米軍のサウジアラビアからの撤退。サウジアラビアにはマッカとマディーナのイスラム教2聖都がある。自国の教育で原理主義をたたき込まれた実行犯の者たちは、イスラム教の聖地サウジアラビアに米軍が駐留することには耐えられなかったからだ。テロ事件後、米国とサウジアラビア間に緊張が生まれたが、この緊張をうやむやのうちに鎮静化(解決?)したのが、アブドゥラー前国王だった。 その前国王の跡を継いだのが、10歳年下の異母弟である、現在のサルマン国王(81)だ。サルマン国王は初代国王イブンサウドに寵愛されたスデイリ家出身の王妃を母に持つ。サウジアラビア王家で勢力と格式を誇る、スデイリ・セブン(母を同じくする7人兄弟)の1人。リヤド州知事や内務大臣の要職をこなした経験豊富な王族だが、80歳直前の即位で、アルツハイマー病の兆候が出ていた。長時間の会議に出ると、途中で発言ややり取りが支離滅裂になる、ともうわさされる。国王の代理としてサウジアラビアの執権となったのが、溺愛する息子ムハンド・ビン・サルマン(MBS)だが、まだ31歳の若さだった。このため、サルマン国王即位直後は、ムハンマド・ビン・ナイーフ(MBN)を次の国王となる皇太子に指名、サルマン家で王位を継承しないことを示し、王族内で妥協を図った。 しかし、2017年9月、宮廷クーデターが発生する。仕掛けたのは副皇太子のMBS。 ムハンマド皇太子が指揮するサウジアラビアの内外政策は、アブドゥラー前国王時代と正反対になっている。 いったいムハンマド皇太子とはどういう人物なのか。 問題はムハンマド皇太子が何を狙っているかだ。 過去の仕組みに対する”清算”が必要 過去の仕組みの清算が必要だと、ムハンマド皇太子は思っているのだろう。自ら主導した経済改革「サウジ・ビジョン2030」では、産業化やレンティア国家(国民から税金を取らずに石油収入を配る)からの脱却など、野心的な構想が盛りだくさんだ。世界最大の産油会社であるサウジアラムコの株式公開(IPO)、軍事産業の国産化、観光業の育成が目玉である。なおかつ2018年からは、低税率ながら消費税を導入する予定。ガソリン、ガス、電力など、異常に低かった公共料金も引き上げる。一方で女性の運転を認めることも、開放路線も視野に入れる。 目下、サウジアビアを取り巻く国際情勢の悪化は、ムハンマド皇太子の危機感を募らせている。 ① 原油価格下落による財政の悪化。 ② 安全保障を依存してきた米国に全幅の信頼が寄せられない事態。 たとえば、2015年にオバマ前政権で結んだイランの核開発合意が守られていないことや、2013年にシリアのアサド政権が化学兵器を使用したにもかかわらず軍事介入しなかったことで政権打倒に失敗したこと、などである。ただし、ビジネス本位のトランプ現政権はサウジアラビアが大量の武器購入をするかぎり、政権を支えるだろう。 ③ 宿敵であるイスラム教シーア派のイランによる、イラクやシリア、レバノン、イエメンへの影響力拡大。 ④ 宗派(イスラム教スンニ派内のワッハーブ派)を同じくし、GCC(湾岸協力会議)のパートナーであるはずの、カタールの離反。 カタールは小国ながら世界有数の天然ガス生産で潤い、衛星放送アルジャジーラを通じて、イスラム世界に影響を与えている。が、そのカタールはサウジアラビアの圧力をかわすため、なんとイラン側についた。狭いカタールにもともと駐留していた米軍に加え、サウジアラビアとの関係悪化後には首長(王家)を保護するためにイラン革命防衛隊とトルコ軍が進駐するという、かつては想像すらできないことが現実になっている。 以前からムハンマド皇太子は、ウマが合わなかったカタールとの関係を前国王時代のように隠すのではなく、首長を排除できないことがわかると2017年6月には国交を断絶。さらには陸路や海路、空路を閉鎖するなど強硬処置に出た。国際関係の「見える化」を進めることが、前国王時代の「見えない化」に慣れた世界の人々には、皇太子の”暴走”に映る。 最近では、レバノンのサアド・ハリーリ首相(スンニ派でレバノンとサウジアラビアの二重国籍を持つ)がサウジアラビアに呼び出されたうえ、軟禁されるという事件も起きた。レバノンで影響力を強めるのは、イランが支援するシーア派武装政党のヒズボラー。そのレバノンがイランと協議したことに対する報復と報道されたが、プロトコルを優先する外交関係では、あってはならない誘拐行為だ。 このほかイスラエルの参謀総長がサウジアラビアを支援するシグナルを送っている。 そして、サウジアラビア国内におけるムハンマド皇太子の暴走は、この11月に起きた。 逮捕、虐待、自殺未遂者まで出た この事件は広く報道されているので触れない。が、王族内における石油利権の配分を汚職とすれば、サウジアラビアはこうしたことは日常というから、いくらでも王族を粛清することが可能だ。しかも逮捕された王族はほとんど、ムハンマド皇太子の親戚か姻戚にあたる。その王族たちを逮捕し、虐待を加え、自殺未遂者まで出たとすれば、尋常ではない。 この事件に絡んでは見逃せない人事も行われた。アブドゥラー前国王の息子でサウジアラビア国家警備隊(兵力12万5000人)の大臣である、ムトイブが解任され、ムハンマド皇太子に忠誠を誓う大臣が就任したことだ。アブドゥラー家の国家警備隊支配に終止符が打たれた形である。この結果、ムハンマド皇太子が国軍と治安機関に加えて、国家警備隊まで掌握したことになる。「ムハンマド皇太子に不満があっても軍事力でクーデターを起こすことは困難な情勢」(村上氏)になっているという。 体制が危機に陥った際には、従来とは反対の行動をとる指導者が登場する。たとえば、ソ連のミハイル・ゴルバチョフや中国の鄧小平だ。ゴルバチョフは失敗したが、鄧小平は毛沢東神話を毀損せず、中国共産党が統治する社会主義市場経済を構築することに成功した。今や中国は日本を抜いてGDP世界2位の経済大国であり、最近では、習近平が汚職摘発をバネにして権力基盤を盤石なものにしている。 スケールはより小さいかもしれないが、 中東のエネルギー情勢に詳しい経済産業研究所・藤和彦上席研究員は、「ムハンマド皇太子は運転者にたとえると、経験のないペーパードライバー。急発進、急ブレーキ、車線変更という暴走運転をしている」としたうえで、 1973年の第1次石油危機以降、世界は、石油とマネーを行使するサウジアラビアに振り回されてきた。まだその時代は終わっていない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2018.11.27 08:08:18
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