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★ 記事 中東 サウジ「密室での惨事」に残るこれだけのナゾ それでも事件はアメリカ主導で収束に向かう 内田 通夫 : フリージャーナリスト 著者フォロー 2018/10/19 9:00 サウジアラビア政府に反旗を翻したジャーナリストのカショギ氏。本当に在トルコのサウジアラビア総領事館で殺害されたのか (提供:Middle East Monitor/ロイター/アフロ) 密室での暗殺疑惑は本当だったのか――。 サウジアラビアと同国のムハンマド皇太子に対し、『ワシントンポスト』紙などアメリカの有力紙で厳しく批判していたサウジアラビア国籍のジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏が10月2日、トルコのイスタンブールにあるサウジアラビア総領事館を訪れた後、行方不明になった。今も事の真相は不明だ。 この事件はカショギ氏の動向を尾行などで把握していたと思われるトルコ当局によってリークされたとされる。カショギ氏は、サウジアラビアのムハンマド皇太子が派遣した15人の暗殺部隊によって殺害され、その後バラバラに切断された遺体はトルコの総領事館から運ばれ、部隊が利用したプライベートジェット機でサウジアラビアに送られたというものだ。 IT機器が録音した”動かぬ証拠” これによって、女性の運転解禁などムハンマド皇太子が進める「リベラル」なサウジアラビアの改革・開放路線が今まで世界に好感を与えていたが、そのベクトルは180度変わってしまった。サウジアラビアとムハンマド皇太子の威信は失墜。事件直後にはサウジアラビア関連の株価が下落し、同国と共同投資を表明してきた日本のソフトバンク株も急落した。 ムハンマド皇太子は2017年11月、「腐敗撲滅」を名目に掲げて、多数の王族を首都リヤドにある高級ホテルのリッツ・カールトンに監禁し財産を国庫に返納させるなど、従来のサウジアラビアでは考えられない強硬な手段をとってきた。王族には深い恨みを残したものの、その反面、リスクをいとわない大胆な改革・開放政策がとれる指導者として、国内の若年層から支持を受けていた。ところが、今回の殺害事件は、国際社会の常識ではとても許容されないレベルの事件となった。 トルコ政府はサウジアラビア総領事館内を音声と映像で盗聴していると考えられ、音声と映像という動かぬ証拠を握っていたと推測される。仮にこれを公表すれば、「サウジが潰れるか、トルコが潰れるか」という事態まで発展しかねかった。 その前に、第一の疑問として、なぜカショギ氏はわざわざ、敵対するサウジアラビア総領事館に自ら行ったのか。 「まさか殺されると思っていなかった」というのが主な理由だ。次にカショギ氏の婚約者とされるトルコ人女性の存在。トルコは1923年の建国以来、建国の指導者アタ・チュルクがイスラム教を捨て、徹底した西欧化を進めた。婚姻を規定する法律もイスラム法ではなく、日本が明治維新にあたって採用したフランス民法の派生であるスイス民法を採用したが、中身はほぼ同じだ。したがって、イスラム法が認める「一夫多妻」は、トルコでは許されない。 つまり、カショギ氏がリスク覚悟で総領事館に行ったのも、独身である証明書を得て、婚姻の手続きを整えて婚約者に妻の地位を与えるためだった、と推測される。 第二に、なぜ殺害がばれたのか、という疑問がある。カショギ氏が総領事館に入った際、トルコ人婚約者は外で待っていた。 トルコがリークしたストーリーはこうだ。総領事館内にいるカショギ氏と、外にいる婚約者のスマートフォンが”同期”して、証拠が残ったからだとされる。カショギ氏の持つApple Watchが婚約者のスマホに音声データを残したというものだ。サウジから派遣された暗殺者が気づき、殺害したカショギ氏の指をApple Watchに当てて、指紋認証で操作を消したという、まるで現場を見てきたかのような報道もある。 この説は興味深いが、Wi-Fiを使わない限り、あの距離ではスマホの同期は無理だろう。報道したのがトルコ紙というのも気になる。 サウジに落としどころを与えたトランプ氏 それでも、10月15日以降、ジャーナリスト殺害事件は、急速に収束に向かいつつある。 当初は総領事館内での殺害事件を認めなかったサウジアラビアだが、事件の処理がムハンマド皇太子からサルマン国王に移った。まず10月14日にサルマン国王がトルコのエルドアン大統領に電話を入れたが、おそらくそこでは”息子の不祥事”にわびを入れ、円満な解決を要請したと推測される。 その後サルマン国王は、殺害事件について完全で透明な調査を指示し、10月15日から16日にかけて、トルコとサウジアラビアによる総領事館の調査と証拠品押収が実施された。サウジアラビア領内である総領事館に、トルコの捜索が入る自体、異例だ。 一方で、サウジアラビアとは親密なアメリカのトランプ大統領は、ツイッターで「殺害はならず者の仕業に違いない」とつぶやいた。結局、サウジアラビアによる組織的犯罪ではないという認識を示して、落としどころを与えたとも言える。 10月16日には、アメリカのポンペオ国務長官がサウジアラビアを訪問し、サルマン国王およびムハンマド皇太子と会談。それからポンペオ国務長官はトルコを訪問した。 事件の収束はきっと次のようなものになるだろう。 サウジアラビアは総領事館内でカショギが死亡した事実は認める。ただし、ムハンマド皇太子が指示した暗殺部隊による組織的な行為ではなく、トランプ大統領が示唆するように「ならず者」による”偶発的な不幸な事件”で決着する。 またトルコは、総領事館を盗聴、盗撮したデータを公表しない。その見返りにサウジアラビアから何らかの経済的支援を引き出す。トルコのリラ暴落で窮地に立つエルドアン政権には有利なディール(取引)だろう。 トルコの場合、10月13日には、アメリカが強く望んでいた米キリスト教福音派牧師を、裁判では有罪としながらもアメリカへ帰還させ、11月6日の中間選挙対策で頭がいっぱいのトランプ大統領に塩を送った。トルコリラもひとまず上がった。 だがサウジアラビアが失ったものは多い。 何と言っても、改革・開放路線を指導してきた、ムハンマド皇太子の権威失墜である。今回の事件は皇太子ではなく、サルマン国王の判断とリーダーシップで収束に向かった。「ムハンマド皇太子は外交ではペーパードライバー」(ある識者)であることが証明された結果になった。10月下旬にサウジアラビアのリヤドで開催される経済フォーラムに、国際機関やグローバルカンパニーのトップは次々と不参加を表明した。 あらわになった低レベルな諜報活動 わかったのはサウジアラビアの外交と諜報活動のレベルの低さもそうだ。 膨大なオイルマネーを駆使して、思想や党派、国籍を問わず団体・個人に資金をばらまいて影で操る、アブドッラー前国王時代の”なあなあ”外交はうまくいっていた。が、ムハンマド皇太子のように、表に出た途端、その手腕のつたなさが露呈した。優れた諜報機関を持つ、トルコやイランにはとても及ばず、世界一といわれるイスラエルの諜報機関モサドと比べると、まるで大学院生と小学生の能力ほどの差があるだろう。 あるサウジアラビア勤務経験者はこうも語る。 「われわれはサウジアラビアの石油と、それがもたらすオイルマネーで、サウジアラビアを過大評価してきた」――。
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