那須岳避難小屋まであと30分という地点に「那須自然ふれあいの道」の解説板がありました。07月12日
「関東外周山つなぎの旅51日目」でのこと。
内容は「茶臼岳では、かつて噴気孔のガスから硫黄を採取していました。戦前は三斗小屋周辺からも木材を牛の背にのせて登山口の精錬所へ運んでいました。この道は当時、牛が通っていた道なのです。」というもの。標高1500m以上もあるこんな険しい山奥に、牛が登って来られるの?
自宅に戻ってから、インターネットで調べてみました。すると、「大正以前、板室宿から三斗小屋宿、野際新宿と続く会津中街道に人馬の往来があった」との
記述。標高1100mの三斗小屋宿、1470mの三斗小屋温泉に街道が通っていたのです。
ホルスタインなんかを考えると無理そうな気がしますが、昔の荷役の牛は、重い荷物を背負ってこんな山道を登ったんですね。