カテゴリ:洋ロック・ポップス
アル・クーパーをどう評価するべきかはよくわからないけれど、この曲だけはとにかく完璧 個人的には、彼のソロ作品を聴いてみても、悪くはないのだけれど、特段何かがピンと来るわけではない。アル・クーパーの評価ってどこが優れているのかはっきりしない。もしかすると才能がマルチすぎるためかもしれない。 ロックの歴史を振り返れば、私たちは要所要所でアル・クーパーの名を見つけることになる。いくつか挙げてみよう。ボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」(1965年の『追憶のハイウェイ61』収録)のオルガン奏者、言い換えれば、フォーク界から飛び出したディランがロック界でスターダムにのし上がる名演の立役者。マイク・ブルームフィールドならびにスティーヴン・スティルスを迎えての『スーパー・セッション』(1968年リリース、その続編的な『フィルモアの奇蹟』も同年に発表)の仕掛け人、換言すると、短時間演奏が普通だった世界にジャムセッション的な長尺演奏を持ち込んだ革新者。BS&T(ブラッド・スエット・アンド・ティアーズ)というグループの創始者、すなわち、管楽器を大幅にフィーチャーしたブラス・ロックなるジャンルの開拓者。 要はマルチな才能なのだろう。そんな彼をソロプレイヤーとしての観点だけで評価しようとするのと、プロデューサー・企画者といったトータル・ミュージシャンとして評価するのでは、評価の仕方が変わってくる。筆者の評価としては、前者としてはあまり惹かれないのだが、後者の点ではものすごい才能の持ち主だったのだろうと思う。 そんなわけで、アル・クーパーのソロは特別好きでもなく、シンガーとしての側面がいいのか、はたまたキーボーディスト、ギタリスト、どの側面がいいのかよくわからない。ソウルなのかブルースなのか、ロックなのかポップなのか、彼のキャリアを眺めて音楽性が明瞭でないのもマイナスイメージだ(それだけマルチな才能という評価も成り立つのだろうが)。ギターに関していえば、マイク・ブルームフィールドを見て敵わないと本人が考えたなどという弱々しい話を聞くにつけ、情けなさを感じてしまう。 けれども、この曲だけは別格だ。どんな凡庸なアーティストも一生に1曲は素晴らしいバラードを作ることができると言われる。落ち着いて考えれば、凡庸ではないアルなのだから、これだけの名曲が生まれて当然なのだろう。イントロのメロディとコーラス、アルの歌心、甘いロマンスの詞、後半の盛り上げ方、どこをとっても完璧としか言いようのない世界。この「ジョリー」という1曲のために、アルのアルバム一枚を手にする意味があると思う。ベスト盤でもいいし、本来収録されていた『赤心の歌(Naked Songs)』でもいい。それだけの価値は十分にある。 [収録アルバム] Al Kooper / Naked Songs (1972) ![]() 【送料無料】赤心の歌/アル・クーパー[CD]【返品種別A】 ![]() ![]() お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2013年07月02日 06時36分33秒
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