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2009年10月29日
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●佐々木監督はなぜ後押ししなかったのか

 会見の最後、超高校級左腕は10台を超すテレビカメラ、100人以上の報道陣の前で、涙を流してすすり泣いた。

「日本でプレーさせていただきたい」

 米メジャー挑戦か、日本のプロ野球入りか。注目された菊池雄星(18=花巻東)が25日、進路を表明した。会見の冒頭から「まだまだ自分の力では、世界で通用しないと思った」「高校で届かなかった日本一をもう一度、(プロ野球で)狙いたい」とメジャーの夢を封印する理由を淡々と話していた菊池が、「決断に悔いはありません」と言った直後になぜか、言葉を詰まらせたのだ。

 会見を見守った父の雄治さんは、「初めて心境を吐露したわけだから、ホッとしたんでしょう。緊張の糸がほぐれたんだと思います」と愛息の涙の訳を“解説”したが、果たしてそうか。

 菊池はかねて、「メジャーに行きたい」と言っていた。ほんの2カ月前まで「世界のトップでやりたい」「(ドラフト上位候補の)高校生がいきなりメジャーに挑戦した例がない。自分が先駆けになりたい」と目を輝かせて話していた。

 学校関係者が言う。

「天真爛漫(らんまん)な菊池から笑顔は消えたのは、今月5日にプロ志望届を提出した前後です。日米プロ球団との面談が決まり、そこには本人を同席させないとの佐々木監督の方針が伝わるや、日本のプロ野球が猛反発。高野連に本人との直接面談ができるよう要望を出し、それが学校側、佐々木監督には圧力のような形で伝わった。プロ側の意向を受けた高野連関係者やアマ野球関係者から、佐々木監督に『菊池を必ずドラフトにかけるように』との連絡もあったそうで、板ばさみになった佐々木監督が菊池以上に悩んでしまった。菊池と佐々木監督は実の親子、兄弟以上といわれるほど強い信頼関係で結ばれている。菊池にはたまらなかったと思う。自分だけの問題じゃないと痛感したはずです」

 日本プロ野球の関係者から佐々木監督に「菊池をメジャーに行かせたら大変なことになる」「菊池や花巻東の問題だけじゃない」などと電話が入っているとのウワサが出始めた9月から、「佐々木監督と一切、連絡が取れなくなった」(在京球団スカウト)ともいう。その間にも、中日や阪神が「仮に菊池がメジャー挑戦を決断しても、ドラフト1位で指名する」との方針を固め、これを公表。指名されれば、交渉権を得た球団に来年3月31日まで“身柄拘束”され、メジャー球団との接触、交渉は原則としてできない。そうしたもろもろが、菊池への“圧力”になった。

 それでも、先日のメジャー球団との面談でスカウトから、「また会いたいね」と言われると、菊池は本当にうれしそうな表情で「ハイ」と答えていたという。菊池のメジャーへの強い気持ちの表れだろう。

 菊池を「世界の宝」と評していたメッツの大慈彌環太平洋担当部長は、こう言った。

「なぜ、周りの大人が能力も志も持った子を(メジャー行きへ)後押しできなかったのか。会見での涙? 自分の夢がかなえられなかったからでしょう」

 気の毒な涙である。


●メジャーのどこに不安を感じたのか

「先日、菊池は『ニキビが増えました』と話していました。表情がやつれ、相当のストレスがたまっていたようです。それに、夏の甲子園で痛めた背筋痛も思わしくない。9月末~10月頭に行われた国体では登板したものの、その後は慎重を期してノースロー状態。体調面の不安も、菊池の決断を鈍らせたのかもしれません」(マスコミ関係者)

 菊池はメジャーに挑戦するにあたり、育成システムやトレーニング方法などの環境面を重視していた。さるアマ球界関係者が言う。

「9月上旬、佐々木監督が日米親善試合の代表コーチとして渡米した際、あるマイナー球団を視察した。しかし、その球団の練習施設は非常にお粗末なもので、コーチがいても、選手自らが質問しないと放置されたままだったそうです。『言葉の壁もあるし、これじゃ、頑張ってこいとは言いづらい』と、佐々木監督も頭を抱えていました」

 地元の関係者によれば、こんなこともあったという。

「菊池の実家に複数回、メジャーの代理人と称した連中がアポなしでやってきては、『ウチならこれだけの契約が結べる』などと、ウン十億円のカネをチラつかせたそうです。どうやって調べたのか、菊池が寮から帰宅している時を狙って営業をかけてくる連中もいた。田舎町の素朴な家庭である菊池家が、カネのにおいをプンプンさせる連中に辟易(へきえき)していたのは想像に難くありません」(地元関係者)

 しかし、メジャーに挑戦するとなれば、さまざまな苦労は覚悟していたはず。メジャー球団との面談でいろいろと質問をし、不安はなくなったと菊池自身も話していた。やはり施設などの不安うんぬんより、「メジャーには行かせない」という大きな力が働いたのだろう。


●プロ野球入りの選択は正しかったのか

 いずれにしても、菊池に強いメジャー志向があったのは事実。

 メジャーでの勇姿を見たかったという野球ファンも少なくなかったはずである。

「メジャーに挑戦して欲しかった。非常に残念」

 と、プロ野球ファンの吉川潮氏(作家)がこう声を落とす。

「会見での菊池の表情は硬く、メジャーへ行きたかったんだろうなと感じました。周囲の圧力もあったでしょうし、さまざまな意見を聞いたのでしょうが、最終的には大人の意思に阻まれたという印象です。育成環境を重視していた菊池にとって、日本球界には不安があったはず。ダルビッシュ(日本ハム)、田中(楽天)ら好投手がいるものの、名伯楽といわれる指導者はごくわずか。その陰ではドラフト1位で入団した選手が何人もつぶれている。一方で、アマチュアからメジャー挑戦した田沢(レッドソックス)がメジャーデビューを果たし、『育成法はよかった』と笑顔で話しているのを見たら、なおさらです」

 菊池のメジャー断念に、日本の球団はみな喜びの声を上げている。だが、プロ野球にとって、これで本当によかったのか。

「菊池が日本に残ったからといって、日本球界はよくならないでしょう。規制を設けたり、圧力をかけるなど、菊池を含めた若い選手たちは、今回の日本球界の閉鎖的な体質、やり方に不信感を抱いたのではないか。むしろ今後は『メジャーで修業したい』という若者がドンドン出てくるでしょう。そうならないと、球団の経営者は時代に逆行したやり方をしていることに気づかない。そういう意味でも、菊池には先鞭(せんべん)をつけてほしかった」(前出の吉川氏)

 プロ野球はヌカ喜びしている場合じゃないのだ。


周りがあまりにも利己的だな、
本人のやりたいようにやらせてやるのが、
一番なのにね。。

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最終更新日  2009年10月29日 11時07分26秒
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