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カテゴリ:映画本eigabon
今日の映画本
60年代まではアメリカの批評が限られた数しか日本で紹介されませんでした。 そして、日本には気鋭の映画評論たちが続々出現。 批評家を目指していた男性は、「こんなにすごい人がいたのなら、かなわない」と嘆息・絶望していました。 ところが、そのうち気がつきました。気鋭の評論家とおもわれていた人たちの文章は、「アメリカでの批評をテキトーにアレンジしたものだ」と。 以来、この男性は、映画に限らず社会一般に実体験に基づいた批評を書き始め成功します。この男性こそ、佐藤忠男さんです。 さて、ネットの普及により、アジア、米国はじめ諸外国の映画情報が流入する中、諸外国で名著とよばれた映画本が、いまだ翻訳されません。 アメリカの辛口女性批評家故・ポーリン・ケイルさんのものでも、 日本では二、三冊しか訳されていません。 ちなみに、彼女はクリント・イーストウッドさんを嫌い、クリントさんも彼女を嫌っています。 クリントさんは、腹に据えかねてダーティーハリー 5に、彼女を簡単に想像させる人物を登場させて、無残に殺します。 熟年の魅力のイーストウッドさんも、コドモだなぁ、とUQは思いましたが、だからいくつになっても若い愛人を作ることが出来るのですね。 「明かりが消えて映画がはじまる」ポーリン・ケイルは、ごく最近の訳書です。 が、紹介されている映画の本数が少ない。それゆえ、字が大きいので読みやすい(爆)。 「今夜も映画で眠れない」ポーリン・ケイルは、本数は多いですがなかなか手に入らないので、残念です。 が、確かアメリカ女性作家シリーズ(全集)のうちの一冊だったと思いますので、大きな公立図書館なら所蔵しているはずです。 レアなのは、まるで他人が書いたのではないかというような良いことを「あとがき」で書いている おすぎさん。彼(彼女)の著書よりも、この「あとがき」が当社比100倍優れています。 さて、海外の映画本が翻訳されないのも、日本の映画批評映画本が高価なのも理由はひとつです。 売れないからです。 時に、本の出来はともかく、野心的な企画を立てるワイズ出版の社長さんみたいなかたもおいでますが、値段だけは下げられないのです。 金目教の首領(in仮面の忍者 赤影 第一部「金目教篇」)の俳優さんの伝記を出版しようと、ほかの誰が思いつくでしょうか。 まともな評論・エッセイ系映画本でよく売れたり、文庫になるのは、川本三郎さん 小林信彦さん ぐらいでしょう。 時代劇ここにあり 誇り高き西部劇 懐かしの映画・テレビ・特撮 人気blogランキングへ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年01月09日 08時17分29秒
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