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カテゴリ:読書案内
【松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ】
![]() ◆平成に新しい文学が登場 この小説を友人から勧められた時、確かに私は「何か新しい小説を読んでみたいんだけど」と言ったはず。だがその要望を無視したように、内容的には昭和っぽい気がした。村上龍の『トパーズ』かなんかを模倣したのかしらとさえ思ったほど。・・・と、あれこれイチャモンをつけてしまった私は、何も知らないおバカさんだったことが、今ならばよく分かる。 著者の松尾スズキという筆名はインパクトがあって良い。名字が二つ連なっているような、珍しい名前だ。もともとこの人物は劇団を立ち上げ、役者、兼脚本家、兼演出家として活躍していた。そんな松尾スズキのマルチな才能をろくに知りもしない私は、この作品も大して期待もせずに読んだのだ。短編でもない代わりに長編でもないことも幸いして、私は2度ほど読んだ。なるほど、新しいとはこういうことかと、やっと気が付いた。 それはつまり、小説らしからぬ不思議な感覚の、語りの構造を持ち合わせているということだ。 ストーリーそのものは、精神病院の閉鎖病棟が舞台になっていて、主人公はデパスか何かを過剰摂取したせいで薬物中毒になってしまうという設定だ。きっかけは恋人との酷い喧嘩なのだが、昭和の文学なら絶望と孤独に打ちひしがれた、哀切極まりない展開になるだろう。だが時代は変わった。平成の文学は、もっとドライでリズミカルでそして柔軟性に富むものだ。 主人公・明日香は、同棲している男と大ゲンカをしたことが原因で、家に置いてあった薬を過剰に飲んでしまった。その薬というのも、明日香が元亭主との離婚にまつわる軽いうつ症状に悩まされている時、心療内科で処方された精神安定剤やら抗うつ剤などだった。その現場を発見した同棲相手は、急いで救急車を呼んだ。運ばれた先は本格的な精神病院で、危険度レベル3の、病室にはマイクが設置され、ナースセンターに全て状況が把握されるという徹底した施設だった。そこには様々なタイプの患者が入院していて、正常と異常との境界がつきにくい環境なのだった。 この作品を読了してつくづく思ったのは、この先、純文学はますますその立場が微妙になって行くだろうということだ。正統派の純文学路線を突き進むことは、昭和の文学を模倣するか、あるいは素朴で単調化してしまう危険性を孕んでいるからだ。逆に斬新さを追求しすぎると、万人に受け入れられにくくなる恐れがある。他者との差別化を図った作品は独特だけれど、必ずしも皆が読みたくなるものかどうかは分からない。 『クワイエットルームにようこそ』は正に平成の純文学で、しかも新しい。 しいて言えば、変わった読書傾向のある人向きかもしれない。 『クワイエットルームにようこそ』松尾スズキ・著 ☆次回(読書案内No.21)は川上弘美の『神様』を予定しています。 ~読書案内~ その他 ■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説! ■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?! ■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する ■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる ■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す ■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている ■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説 ■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル ■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず ■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人 ■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか? ■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く ■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる ■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く ■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛 ■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話 ■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。 ■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか ■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?! ■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの ◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2012.12.12 13:51:21
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