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2005.06.18
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カテゴリ:音楽
ジュリーニが亡くなった。

ジュリーニはいつも一緒に居た気がする。
FMでもよくベルリンフィルやウィーンフィルを指揮して、色々な曲を聴かせてくれた。また、ロサンジェルス・フィルを退いてからも、バイエルン放響や、ミラノ・スカラとの演奏を届けてくれた。
ラジカセから聴こえてきたベルリンフィルとの「海」(の本当の最後の方のみ)は、海の初体験だった。演奏がどうか など判るハズもなかったが。

最晩年には、「遅い」「確かめるような」という印象は確かにかなり強くなったのだが、よくよく聴いてみると、アタリマエかもしれないが、「フレーズを大切にする」「音型を丁寧に演奏する」という事が徹底されていることに気付く。それも「きっちり」を強調する、というのではなく。付点や休符など、本当に「流れ」で「イッて」しまわない。晩年になるが、FMで聴いたスカラフィルとのエグモント序曲など、その好例だった。リズムを硬く守るというだけでなく、フレーズ単位で固めているのが特に、ベルリンなどよりも身近なオケからハッキリ伺えた気がする。
(エアチェックもしてなかったので、改めて確かめようが無いが。CDで出ているもの達で、彼のベートーヴェンを全曲、ゆっくり聴いて見たいとは思うのだが、以前のFMの印象と異なる事が恐くて(なかなか廉価で手に入らなかったせいもあるが)、まだ未聴である。)

いわゆるレコーディングに関しては、録音のキャラクターによって、大分印象が変わるかもしれない。シカゴ響との録音などは、楽器ひとつひとつにマイクを充てたような録音だったので、「克明さ」が強調されることになったとも言える気がする。
良くも悪くも「雰囲気」で聴くことを許されない、そんな「作品」を遺してくれた。
ただ、晦渋とかではなく、こちらが「聴く気」になれば、いつでも「聴かせてくれる」そんな演奏のような気がする。
ただ、彼の場合、以前は、レコーディングの前後に、実際のライブでもやっていて、それがFMで入ってくるもんだから、つい、それを聴いて、レコーディングの方を聴いた気になる、ということはよくあった。大地の歌、ブルックナーの8番、などもそうだ。改めて、これらを聴いてみたくなった(まず買わないと・・・)。
ちなみに、最近、正規レコーディングはダメで、ライブ命、みたいな風潮はあるが、好みは別として、プロ中のプロが時間と手間をかけて録音し、チェックし、OKしたものについては、「ライブと異なる」にせよ、「聴くべきもの」はあるはずだと思う。聴き手が「何を聴きたいか?」によるのであり、「各々の良さ・特徴」を聴く、というのが、幸せなことというものだろう。
特に、ジュリーニのように、丁寧に音楽を作ろうとする、それも「指揮者」(=人に音を出してもらう立場)なら、スタジオ録音は、ジュリーニから僕ら一人一人への「私信」とも言えるのかもしれない。
ごく最近、ずっとずっと聴きそびれていた、シカゴ響との「展覧会の絵」を聴けたのだが、流れ・旋律に無理や特殊な強調は無くスッキリと歌い上げた、しかも、崩れの無い演奏に、「ああ、コレコレ!」と「腑に落ちた」。チェリビダッケはまた全く別なのだが、多くの展覧会の絵の演奏が、とくに「ライブ収録」などは、よくよく聴くとどうしても、崩し・崩れや、「勢いで押した」ところが見えて、不満が湧いてきたのだが、ジュリーニの演奏にはそれらが完全に解決されていた。もうずっとずっと昔の録音なのだが。

そういえば、これまた最近入手の、ミケランジェリとの「皇帝」のオーケストラ演奏は、本当に美しい。この美しさも、例えばフルートソロが絶品である、というようなこともあるが、そのフルートソロも、浮いた美しさではなく、全体が、まさに「古典派の曲」として、完成された美しさを示してくれる。これもまた、繰り返しになるが、「フレージング」によるものと思う。これほど徹底する演奏をするのに(オケに指示したり、ダメ出しをせざるをえないハズなのに)人格を常に高く評価され、オケとの摩擦もキャリアの上で、見当たらない、というのは、プロとしてのスキルと合理性も示しているのだろう。

「イタリア人らしいカンタービレ」というのは、例えば、カラスとのトラヴィアータでの演奏などでは、モロにそうかな、とも思えるが(イタリアオペラの音楽そのものになっている)、色々な曲の演奏で、「イタリア人らしい」というのは、僕は正直言うと余り感じた事がない。
(だいたい「イタリア人らしい」って、マルチェロ・マストロヤンニみたいなのか、マフィアみたいなのか、ロベルト・バッジオみたいなってことなのか、よく判らない…)
しかし、旋律・フレーズのまとまりを大切にする。のは、まったく間違いない、ジュリーニの特徴だろう。


指揮姿を見る機会は案外逃していて、大阪にもやってきたのに行かなかった。高校の頃だ。ロサンジェルス・フィルと録音を次々にしていた頃だったが。そのときTVでも放送したそうなのだが、民放深夜だったせいか、知らずに見逃してしまった。
動いているのを見たのは、ウンと後になって、例のホロヴィッツとのモーツァルトの録音風景である。「子どもオトナ」のホロヴィッツの奇矯な振る舞いに対し、ごく自然に落ち着いて、接していたのが印象的であった。(ホロヴィッツのワンダ夫人が恐そうに映っていた。)

ロスフィルの監督に就任した折は、もう、大騒ぎ、という記憶がある。日経新聞の文化面に「ジュリーニ、第九炸裂」という見出しがあったのを憶えている。
(ジュリーニの第九(ベートーヴェン)は、どの演奏も、「炸裂」という感じでも無い気がするし、当時のロス・フィルは特にデビュー盤の「英雄」など、むしろ「慎重」な側面が強い気もするが、若い頃のライブなど、かなり「勢い」を感じさせる演奏をしているし、オケ側も張り切って演奏をしたのだろう。そしてなにより「街」の聴衆が熱狂したようだ。前任のメータも大人気だったそうだが、ロスの新聞に「我々は、ヘラクレスを失ったが、神を得た」と載ったそうだ。)

FMfanの取材で、奥様がコーディネートした服を着こなしているのでいつもおしゃれにしていられる…とのことで、「雷門」の前で佇んでいる写真があったのが印象的だった。カッコを全くつけていないのに、絵になる、どの写真もそうだ。LPのジャケットはさすがにポーズつけてはいたが。


中学校のときに、初めて、買ったのが、ジュリーニ=シカゴ響の「新世界より」のLP。グラモフォンの新譜だった。
マフラーを巻いて、左側の横顔を見せて、遠くを見据えている写真。解説は黒田恭一さん。まだFMに登場し始める少し前の頃だったので、顔も声も全く知らない人だったが、当時「暮らしの手帖」のLP紹介欄を担当されていて、そもそもそこで、見かけたのが、この「新世界より」だった。
まだ指揮者を選ぶなどという頃ではなく、ただ「新世界より」のレコードが欲しくって、たまたま見た「暮らしの手帖」で「推薦」していたので、それを選んだだけだ。
ナマで初めて、朝比奈=大フィルで聴いた「新世界より」。その後はウチにあった「コンサートホールソサエティのクリップス指揮のLP」で聴いて「入門」していたのだが。
ジュリーニ盤を買ってからは、毎日のように聴いたように思う。この盤で曲に親しんだことは、後から考えるととてもよかったと思う。少し後から見た当時の「レコード芸術」の大木正興氏は、ジュリーニもスイトナーも共に絶賛だったのだが、ずっと後年に聴いたスイトナー盤はやはり楽譜の指定を大切にしているものの、オーケストラのバラつきや「流れてしまう(テンポが走ったりも…)」ようなところが多くあり、「完成度」としては、比較にならないほど違う(だからダメという訳ではないが、曲を初めて知る盤としてはという意味)。

そんな「耳ダコ」の演奏・LPのはずなのに、今聴くとまた新しい発見があるから、驚きである。というか、大分、記憶と違う 時がある。「えっ、こんなことしてたの!?」とか。そうしたことはまた、こんど・・・。

合掌





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Last updated  2005.06.18 11:07:44
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