「そうですネ。
腹が減っては戦はできぬ、ですからネ!」
そう応じて、昨夜のうちに買い置いておいた朝食のパンやチーズを皆に分けていくジェロニモを眺めながら、アンドレスは懐に大事そうにしまっていた例の貼り紙を取り出した。
そして、もう何度も読み返したその紙片を再び皆の前に広げる(註:紙片に書かれた文章はこちら(3行目~)をご覧ください)。
「多分、3人共、知らない人物だと思うけど…。
俺の推測では、この文章の草案を書いたのは、アリスメンディ殿──イエズス会に属するスペイン人の高僧だ」
「え?アリス……?」と、3人がキョトンとしている。
「あー、きっと、3人共、聞いたことの無い名前だろうけど」
「確かに初耳ですケド…、それにしたって、そんな身分の高いスペイン人の神父様がどうしてこんな文章を?」
クエスチョンマークだらけという表情で問うジェロニモに、アンドレスはどこからどう説明したものかと思案顔になる。
「みんなも知っての通り、今から200年ほど前、インカ帝国をスペインが侵略した時の大義名分は『キリスト教の布教』だった。
つまり彼らの言い分はこうだ。
『野蛮で無知なインディオに福音の光をもたらし魂を救済してやるが、その代償として、神やスペイン国王のために金銀や労働力を提供しろ!』
まあ、今現在、この国のカトリック教会の一番上に君臨しているモスコーソ司祭が言っていることと大差無い内容だけどね。
そうやってキリスト教の布教の名の元に、死ぬまで働かせるような過酷な強制労働や重すぎる税の徴収が正当化されてきたわけだが……」
憤怒と悲しみの混ざり合ったような口調で語るアンドレスの言葉に、他の3人はパンをかじりながら、ジェロニモとペドロは神妙な表情で、一方、ヨハンは微妙な表情で、それぞれ耳を傾けている。
部屋全体に重苦しい空気が漂いだしたのを感じて、ジェロニモがアンドレスにもパンを差し出し、明るい笑顔を見せた。
「アンドレス様も話しながら食べてください!
このパン、意外とイケますヨ。
インカベリー(ホオズキ)のジャムが挟まってるから、栄養も満点デスし!」
「ありがとう」と受け取って口にしたアンドレスも、「うん、美味い!」と表情をやわらげた。
そのためか、声のトーンも少し明るくなって、また話の続きを始める。
「そんな状態だったわけだけど、そうしたキリスト教のやり方に疑問を持つ者たちが、スペイン人の中にも少しはいたんだ。
特に、一部のイエズス会の神父たちは、インカの人々をはじめ土着の人々に対するこのような仕打ちは真のキリスト教の教義に反するとして、逆に、解放運動を熱心に行ったりもしていた」
アンドレスの説明に、ジェロニモが納得したように声を上げた。
「ナルホド!
アンドレス様があの貼り紙の草案を書いたと見込んでいるアリスメンディというスペイン人も、そのようなイエズス会の神父ってコトなんですネ?」
「うん、その通りだよ。
アリスメンディ殿については、もう少し説明しておきたいことがあるけど、とにかく、元々、インカの解放運動をしていた人物である上、身分も高いし、博識でもある。
この貼り紙の文章の論調も、いかにもアリスメンディ殿っぽいし……」
「ふむ」とペドロも頷き、「そのアリスメンディ様とは、どんな感じの人なのですか?」と尋ねてくる。
「それが……全身黒ずくめの僧衣がけっこう迫力あってさ、表情なんかも隙が無いっていうか…。
神父っていうには雰囲気があまりに鋭くて、俺も初めて会った時は驚いたんだけどさ。
だけど、中身は信頼に値する人だと俺は思ってる。
なんていうか…トゥパク・アマル様と同じぐらい、すごく高潔な信念を持っている人だって感じたんだ。
それは、この貼り紙の内容を読めば、なんとなく伝わってくると思うけど」
アリスメンディと出会った時のことを思い出すように遠くを見つめる眼差しになっているアンドレスに、牛乳瓶を手にしたジェロニモが不思議そうに首をかしげる。
「だけど、アンドレス様は、どうして、その神父様と知り合いナンですか?
アリスメンディって名前は、俺は、完全に初耳でしたし。
あのモスコーソと張り合えそうな凄腕の神父様なら、もっと名が知れててもいいように思うンですケド」
「それは……」と、アンドレスが説明しかけた横から、鋭い目をしたヨハンが口を挟んだ。
「おい、待て。
アンドレス、おまえの話を聞いてると、そのアリスメンディっていう神父は今もこの国にいるような口ぶりだよな?
だが、イエズス会の神父なら、スペイン国王の命令で、とうの昔に、全員、国外追放になっているはずだ」
「えっ、国外追放!?」と、驚いているジェロニモとペドロの方には見向きもせぬまま、ヨハンは詰問するようにアンドレスに問う。
「おまえが物心つく頃には、イエズス会の神父なんか、この国にはもういなかったはずだ。
それなのに、おまえは、その神父に会ったことがあるような言い草だよな?
それに、この貼り紙の文章だって、この国の中で書かれて、ばら撒かれたような言い方をおまえはしているが、国外追放された神父にどうしてそんなことができるんだ?
アンドレス、おまえの話は、いろいろとつじつまが合わなすぎるんじゃねぇのか?」
【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆
≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務めていたが、急遽、トゥパク・アマルの密命を帯びて旅立つことになった。
≪ジェロニモ≫(インカ軍)
義勇兵としてインカ軍に参戦する黒人青年。20代半ば。
スペイン人のもとから脱走してインカ軍に加わった。
スペイン砦戦では多くの黒人兵を統率し、アンドレスの無謀な砦潜入作戦の完遂を補佐。
身体能力が高く、明朗な性格で、ムードメーカー的存在。
これまでも陰になり日向になり、公私に渡って、アンドレスを支えてきた。
≪ペドロ≫(インカ軍)
インカ軍のビルカパサ隊に属する歩兵。
此度のアンドレスの旅の同行者の一人。
20代後半の若さながらも郷里には妻がおり、息子思いの父でもある。
≪ヨハン≫(スペイン軍)
スペイン軍の歩兵。20代半ば。
偶然的な事情から、此度のアンドレスの旅に同行することになった。
スペイン人らしい端正な風貌な持ち主で戦闘力もありそうだが、性格は傍若無人なところがあり、掴みどころが無い。
≪モスコーソ司祭≫(スペイン軍)
植民地ペルー副王領におけるカトリック教会の頂点に立つ最高位の司祭。60代前半。
単に宗教的な意味合いで高位に君臨する存在というだけでなく、植民地統治においても絶大な発言力を有する政治的権力者。
キリスト教の名を笠に着て、いかなる冷酷な所業をも行う一方で慈愛深げに振舞う、奇態な人物。
◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆
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