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先日、僧侶となるきっかけを頂いた恩師の17回忌ということで、大珠院へ行って参りました。 今回は、お弟子さんたちを中心にしか呼ばれておらず、一般の方も含め90名ほど。 2年前、お弟子さんたちの会が、弊寺に立ち寄って下さったのをきっかけに、お声掛けいただきました。 大学生の頃、一週間ほどしか泊まったことがないので、来客の方々の事はほとんど知らないのですが、長年大珠院に出入りされ、以前「長寿革命」の取材でお世話になった読売新聞社の小出さんが、丁寧に老師の縁者の方一人一人に紹介して下さいました。 法要後の食事の場の設定を手伝って欲しいと頼まれまして、禅塾に居るフミ君にも来ないかと連絡したところ、サッと飛んで来まして裏方のお手伝い。 初めての場所でありながらも、台所で活き活きと動く背中には、以前のようなぎこちなさもありません。 また、現在の和尚さんが始めた座禅会によるご縁の方々や、一生懸命な若手の和尚さん方の背中を見るに、老師が遷化されて17年を迎え、現住職のカラーへ塗り替えられつつある様子が感慨深くもありました。 法要後に、飯台をずらりと並べてのうどん供養。 かつて、雲仙普賢岳も火砕流被害による島原へのボランティア活動に参加した際、出発前に老師を囲み、この本堂でうどんを頂いたことが懐かしく。 早く持って来い!と、給仕に回る小僧さんたちを叱責する様が、磨かれた飯台を眺めつつ、思い起こされました。 引き出物には、友松圓諦師の訳した法句経と、老師による法句経の提唱を録音した14枚の手作りCD。 そして、老師が筆写した一夜賢者の偈を額に入れたもの。 その額を立て掛け、CDを一枚一枚、一日ずつ、静かに正座して心を傾けています。 一夜賢者の偈 過ぎ去れるを追うことなかれ 未だ去らざるを念うことなかれ 過去、そはすでに捨てられたり 未来、そは未だ到らざるなり さればただ現存するところのものを そのところにおいてよく観察すべし 揺らぐことなく、動ずることなく そを見きわめ、そを実践すべし ただ今日まさに作すべきことを熱心になせ 誰か明日死のあることを知らんや まことにかの死の大軍と 遇はずということはあることなし よくかくの如く見きわめたる者は 心をこめ昼夜おこたることなく実践せん かくの如きを一夜賢者といい また心しずまれる者とはいうなり お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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