朝日新聞出版、マンガ日本史「藤原道長」。
794年、桓武天皇によって、山背(やませ)の国に移された都、平和で安全な世の中を願って「平安京」と名付けられました。
貴族社会が花開いた雅で華やかな平安時代。
しかし、頂点まで辿り着く貴族はほんの一握り。
中大兄皇子と共に「大化の改新」を進めた中臣鎌足が、その功績から藤原の姓を賜り、その後藤原氏は力を強めて行きます。
藤原氏は、名門貴族や有能な貴族を次々に失脚させ、摂政や関白の地位を独占して就き、政治をリードしていきます。
そして対抗できる貴族がいなくなると、今度は、藤原氏同士による権力争いが激化してゆきます。
藤原氏の最高権力者、藤原兼家の息子として生まれた藤原道長。
ですが、5男だったため、出世からは程遠い立場でした。
が、兄たちが次々と亡くなったため、トップの座に。
~この世をば 我が世と思ふ 望月の
欠けたることも なしと思えば~
娘を次々と天皇に嫁がせ、その娘たちが天皇を生み、3人の天皇の祖父、外戚となった道長53歳。
絶頂期の時の歌ですね。