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2006年04月24日
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カテゴリ:楽園に吼える豹
「――あのなアスカ、お前さんが藤堂元帥のことをどう思ってるかわからんが……あの人はお前さんが思ってる以上に脆い人だ」

「脆い? あいつが?」

その言葉は、アスカのイメージの中の藤堂と正反対だった。

自分の命が危険にさらされている時でさえ取り乱さない。初めて会った時アスカにすごまれても眉一つ動かさなかった。

「そうは思えねぇけど……」

「…アスカ。お前さんにも経験あるだろ。人が必要以上に自分を強く見せたがるのはなぜだ?」

その言葉を聞いた時、アスカの心は過去に引き戻された。

そうだ、藤堂はあの頃の自分と同じ目をしている。初めて会った時に、なぜか怒りが萎えていったのは…そのせいか。



「…自分の弱さを、ごまかすため……だよ」



厚い壁を作って周囲を拒絶するのは、壁を作らないと弱い自分などすぐに吹き飛ばされてしまうから。

誰も受け入れないのは、受け入れたとき裏切られるのが怖いから。

アスカにも経験があった。けれど自分には、受け入れてくれる人間が周りにいた。

「なぁアスカ……あの人の側にいて、支えてやってくんねぇか…?」

ならば今度は、自分が誰かを受け入れなくてはいけないのではないか?


アスカの気持ちは決まった。力強く答える。

「―――わかった。やってみる」

ゴウシは、安堵したように笑った。

「そうこなくちゃな」


が、アスカはあることに気がつき慌てた。

「あ! でもダメだ、あたしもう新しい“主人(マスター)”が…!」

ゴウシは大丈夫だ落ちつけ、と言った後、

「そのことならもう話がついてるはずだ。外務大臣のGSにはレオンが代わりになってくれるってよ」



“レオン”。



その名を聞いた時、アスカは複雑な気持ちになった。

「…あいつがぁ? 大丈夫かよ……」

「まぁ平気だろう。ともかく、お前さんが少しでも働きやすいようにこっちでも色々配慮してやっから、そこらへんについては心配すんな」

この時点で、彼女の運命は決まった。




シン・藤堂の一日の九割は仕事に充てられる。プライベートな時間などほとんど持てない。

その日もいつも通り、定刻ぴったりに国防総省に現れた。

ボディーガード(もちろんGSではない)に警護されながら自室に辿りつき扉を開けた藤堂は、目の前の光景が一瞬信じられなかった。


「よぉ」


それは、先日彼を庇って負傷した「豹」の少女だった。

「何故ここに……」

藤堂は不審げだ。彼のところに、アスカがやって来るなどという連絡は一切なかった。というより、藤堂はゴウシ・草島が来るとばかり思っていたのだ。彼の復帰は今日だと知らされていたから。

「草島はどうした?」

アスカはあっけらかんとした様子で答えた。


「ああ、ゴウシか? 引退するってよ。まぁあのオッサンも年だからな。前から訓練の後 腰が痛いだのなんだのジジくせぇこと言ってたし」


酷い言いようだが、事実である。


納得行かないのは藤堂である。“主人(マスター)”の意向も聞かずに後任のボディーガードを決めるなど、普通は許されない。

「だからと言って、私に何の連絡もなく…」

「連絡なんかいつ聞いたって同じだろ。まぁそんなに言うなら見せてやるよ、ほら」

そう言って、アスカは懐から紙を取り出した。細かく折ってあったため、広げられたその紙はくしゃくしゃになっている。


それはアスカを藤堂のGSとする旨が書かれた通達だった。


文面の最後には、国防総省長官の名が書かれている。

「な、こんなもんいつ見たって同じだろ。上司からの“命令”なんだから」

国防総省長官、同副長官、元帥。

国防総省内の序列は以上のようになっている。形式的には、元帥の藤堂は省内でナンバー3の地位にいるが、実質的には長官の右腕だ。

そして藤堂は、現在の国防総省長官に気に入られたおかげで、若干27歳という若さで元帥という地位に就くことができたのだ。その大恩ある人物からの命令に背くことは、さすがの藤堂も生半可な覚悟ではできない。

(…叔父の仕業か…やってくれる)

これが、ゴウシの言っていた「アスカを働きやすくするための配慮」だった。

ゴウシは意外に政界に顔が広い。過去一年間、藤堂のボディーガードを勤めていたせいもあって、現国防総省長官とも懇意にしていた。その関係で、アスカを藤堂のGSにするよう根回しをしておいたのだ。

が、ゴウシの「配慮」はこれだけにとどまらなかった。


コンコン。


扉を躊躇いがちにノックする音が聞こえる。

藤堂が入るよう告げると、そこから意外な人物が顔を出した。

「お前…!!?」


そこにいたのは、先日アスカと共に死線をくぐりぬけて犯罪を暴いたユキヒロ・カガリその人だった。何もやましいことはないのにおどおどとしている様子は相変わらずだ。緊張しているのだろう。

アスカは彼に駆け寄る。

「何でこんなとこに…」

ユキヒロは戸惑いがちに答えた。

「え、ええ、今日から藤堂元帥の秘書を勤めるようにと……」

ユキヒロは藤堂に丁寧に自己紹介をしてから、深深とお辞儀をした。

ゴウシの根回しはこんなところにまで及んでいたのだ。

藤堂は頭を抱えた。

しかも、アスカとユキヒロは顔見知りらしい。ということは。



「…君もGSなのか?」



と、ユキヒロの方を向いて言った。

え、と困惑した表情を浮かべたユキヒロを見て、アスカはすかさず彼らの間に入る。

「おっと、こいつを責めるのは筋違いだぜ! こいつはもうGS辞めてんだから。人よりちょっと耳と鼻が良いだけで、後は普通の人間と一緒だ。お前でも頑張れば勝てるんじゃねえか?」

「アスカさん、酷いです……」

フォローになっていない。ユキヒロがGSにしては弱いことは事実なのだが。

「………」

藤堂は相変わらず言葉をなくしたまま立ちつくしている。

アスカは彼のそんな様子を見て、勝気な表情そのままに笑った。



「ま、そういうわけだから。よろしくな、“主人(マスター)”」







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最終更新日  2006年04月24日 10時25分15秒
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