忍草16 大奥乱れ咲きの巻 4
忍草16 大奥乱れ咲きの巻 4 吃驚(びっくり)下谷の広徳寺、 恐れ入谷の鬼子母神 おったまげたぜっ、鼠山感応寺、 雑司ヶ谷、鼠山感応寺の賑あう参道を絢爛豪華な行列が進んでいた。 女駕籠が三つ、長持ちが五つ、駕籠も長持ちも女が担ぎ、前後にも着飾った華やかな女が十人、その前後を木綿の黒羽織を身に着けた、お広敷番の伊賀者が警護していた。「ありゃあ、長持ちの生き人形だ、今日は五つか、中にはきっと大奥の女が隠れていやがる、感応寺は官能寺だよっ!」 やっかみ半分の野次が民衆の中から飛んだ。江戸の庶民はうすうす感応寺の中で何が行われているか知っていた。 大奥女中たちは、代参を口実にし破戒僧日啓の鼠山感応寺へたびたび息抜きに訪れるようになっていた。その参詣があまりに頻繁で華麗な行列なので、大奥女中と僧侶が密通をしていると、憶測され、色話が好きな江戸っ子が話に尾鰭をつけて、噂話が江戸中にぱっと広がった。 なにしろ、この頃の江戸は天保の改革とやらで、奢侈,贅沢禁止令の触れが出ていて、江戸の町中を厳しく取り締まっていたのである。町民には絹の着物も、光る簪(かんざし)も、派手な化粧さえ禁止し、地味な生活を押し付けていながら、大奥だけは対象外だったため、豪華絢爛な行列をしていたのである。 江戸庶民がやっかむのも、当たり前のことであった。 火のないところに煙は立たずで、寺に寄進する品物に見せかけた長持ちの中には、お美代の方様に選ばれた大奥女中が潜んで、感応寺へ通い、破戒僧日啓や寺僧と密通していた。噂は本当だったのである。 鼠山感応寺を舞台にした密通は大奥の女中たちを狂淫の虜にしていた。 行列が大門を潜り駕籠が下りると、女たちは寺の中へ消えていく。頬が赤らみ胸が膨んでいる。お広敷番の伊賀者はさっとばらけて、所定の位置につき、鼠山感応寺の警護にあたる。 お広敷番は伊賀者が勤め大奥の警護を任務としていた。大奥女中が寺へ代参する時の警護もその任にあたる。大奥女中の鼠山感応寺の代参の時の警護には役得が貰えた。一分金の入った人数分の紙包の祝儀を頂く。 大金である。お広敷番伊賀者は、三十表三人扶持の薄禄高の下級武士であった。一年でざっと十二両、ひと月およそ一両の生活である。一分金(四分の一両)はありがたい役得であった。 過分な手当の裏には、それだけの黒い闇が隠されていたのだ。感応寺から漏れる女の呻き声、障子に移る怪しい影、僧侶の裸姿も見てみぬふりの警護である。 他言一切無用、警護料と云うより、口止料である。その点、伊賀者は秘密を守り、口が堅いことには信頼が厚かった。今、その鼠山感応寺の大奥女中と僧侶の狂乱の宴の隙をついて忍草と呼ばれた者たちが動き始めていたのである。 つづく 朽木一空