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2005.07.21
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カテゴリ:NK関係
「あ、ケンショーさん!」
 バイト帰りにその声を聞くとは思わなかった。そしてその声に振り向いた瞬間、俺はもう一つ驚いた。
「…カナイ!お前高校生だったんか?」
「え?そーですよ?知らなかったんですか?」
 自転車を降りたカナイは明るく答えた。
「知らなかった」
 俺は素直に答えた。
 うちのメンバーよりはだいたい若いとは思っていたが、せいぜいがところ、めぐみ程度だと思っていたのだ。めぐみは十九の時にうちのバンドに入ったから、今年で二十二のはずだ。
 ところが高校生!…いい所十八。若い。若すぎる。
 ダークグリーンのブレザーに校章のエンブレムがついている、最近の学校によくあるタイプの制服だった。ズボンはグレイで、きちんと折り目正しい。肩よりやや長い髪も、後ろで簡単にくくっている。
「そうやって見ると、ずいぶん真面目な学生に見えるよな」
「嫌ですねえケンショーさん、俺真面目な学生ですよ?ただ音楽やってるだけですもん」
 まあそれはそうだ、と思った。実際俺がこっちに出てきてからの七年で、ずいぶんと学生の状況も変わってきているのだろう。俺なんか、伸ばしかけていた髪をよく切られたものだ。その反動か、今は殆ど切らないが。
「バイト帰りですか?」
「そ。まあ働かなくちゃ食えねえし」
「大変ですねえ」
「お前は大変じゃなさそうだな」
「あ、親のすねかじりと思ってるでしょ?」
 まあな、と俺は答えた。
「まあね、一応食うことには困りませんから。でもバンドの費用はちゃんとバイトしてますよ?駅前のファーストフードの店」
「へえ」
「土・日の昼間と平日の放課後二、三時間くらいですけどね、それでもやらないよりはマシですし。それにそのくらいだったらライヴの日でも何とかなりますから」
「へえ、結構真面目なんだな」
「だから俺は真面目なんですって」
 若いなあ、と俺は思った。さすがに七つも離れていると、そう感じてしまうのか。
「じゃあ今日も?」
「ええ、俺もバイト帰りです。ケンショーさんは何のバイト?」
「俺?俺はいろいろ」
 彼はふうん、とうなづいた。
 実際、俺は色々やっていた。さすがに茶パツが増えに増えた今日び、昔よりはバイト口も見つけやすくなった。昼と言わず夜と言わず、職種をそう選ばなければ、何かしら働き口はある。呑み屋、ギョーザ屋といった飲食業は言わずもがな、ビル清掃だの警備だの。警備では、競輪場とかの道路に立つものもある。炎天下の日など、暗色の制服が暑くて、倒れるかと思ったこともしばしばある。土木関係もやったこともあるし、安いが気楽なレンタルビデオ屋も経験がある。
「こっちが家か?」
「うん。意外と近かったんですねえ、あ、もっとも、ここから自転車で十五分はありますけど」
 それならまだ結構あると思う。
「ケンショーさんの家はこの近くなんですか?歩いてるってことは」
「まあな…何だったら寄ってくか?」
 言ってしまってから、どうして言ってしまったんだろう、と思うことがある。
 いいんですか?と彼は顔をほころばせた。

「へえ、ここだったんだ…」
 彼はアパートの二階へ続く階段を登りながらつぶやいた。
「一人暮らし…じゃないですよね?」
「…まあね。ちょっと前までは、同居人が居たけど」
「もしかして、それってK…めぐみさん?」
「ああ」
 別に隠すことでもない。めぐみがいなくなったことはこいつは知っているのだから。
 ふーん、とつぶやくとカナイは辺りを見回した。つられて俺も見渡す。そんなに見て、すぐに一人かそうでないかなんて判るものだろうか。疲れてもいるせいか、眼鏡をかけない視界はいつも以上にぼんやりしている。
「何か飲むもの…」
「あ、俺自分でやります」
 そう言ってカナイは冷蔵庫を開ける。結構マメなんですね、と彼は並んでいるタッパーを見て感想を述べた。
「いやそれは妹の差し入れ」
「あ、妹さん居るんですか。いいなあ」
「いいなあって…お前よりは年上だぞ、どう見ても」
「うちは兄貴しかいないし…きっとケンショーさんの妹さんなら美人ですよね」
 俺はやや頭をひねる。
「美人は美人だが…何でそこで俺の名を出す?」
「あれ?だってケンショーさんだって恰好いいじゃないですか」
「あんがとさん。お前めしはまだ?」
「はい」
「じゃあ食ってけ。いくら作り置きったって、そうそう大量に食えるかっていうんだ」
 同居人もいないのに。 

「もしかして、あんた**の人ですか?」
 食事中、いきなり奴はそう切り出した。
「あれ、よく知ってるな。そーだよ。郷里は**」
「だって味噌汁が黒い…」
「…ああ。まあね」
 黒い、とはやや言い過ぎだろう。だが関東で普通に合わせ味噌のものに慣れている者には、確かに「黒い」。俺の郷里ではごくごく普通なのだが。
「嫌ならいいけどな?」
「あ、別に平気です。味噌おでんは好きだし」
 折り畳みテーブルの上には、タッパーが所狭しと並んでいた。煮しめに佃煮、ひじきの炒め煮、白和え、おひたし…冷えても味が落ちないものばかりである。そしてこれだけは、暖かい、炊き立てごはんととうふとねぎの味噌汁。
「妹さん、料理上手ですね」
「お世辞言ったって、何も出ないぞ」
「いや本当。うちの母親なんか、カルチャースクールで遊び回っていて、最近なんぞ、できあいをレンジでチン!ですよ全く。最近まともに味噌汁なんか食ったこともない…」





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最終更新日  2005.07.21 18:39:59
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