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カテゴリ:NK関係
ふう、と息をつくと、俺はふっと通りの向こうを眺めた。妹のアパートが通りの向こう側にあるのだ。美咲は俺の所へよく来るが、俺は彼女の所へ出向いたことは滅多にない。妹が本当に一人暮らしかどうかも考えたこともない。
ジーンズのポケットには財布が入ったままだった。通りの向こうのコンバニへ買い出しに行くついでに、妹の部屋を来襲してやろうか、と俺は考えた。 コンビニでビールと煙草を買うと、そのまま妹の部屋に向かった。安いのが取り柄のような俺の住処に比べ、彼女の部屋は、一応マンションと名のついた所だった。建ってから長いので、見かけのわりには家賃は安いのだ、と言っていたことを思い出す。 五階建てのマンションの、二階。その真ん中辺り。明かりのついている窓、ついていない窓、一つ一つをぼんやりと眺める。目が悪いから、どの窓も同じに見える。違いと言えば、明かりのついた窓の、カーテンの色くらいなものだろう。見事なくらいに、どの家も物干し竿をかけ、一つや二つの洗濯物が忘れられたかのように掛かったままになっていた。 目は妹の部屋の窓に止まる。たしか右から四つ目と言っていた。洗濯物がやはり掛かっている。 と、その窓が開いた。俺は目を細めて、焦点を合わせる努力をする。 あれ? 美咲ではない。 俺はさらに目をこらした。美咲ではない。確かに彼女のTシャツは着ているが、妹ではない。 ぱんぱん、とタオルを勢いよく伸ばしてから背を伸ばして物干し竿に腕を伸ばす。やや長めの半袖から白い腕が伸びる。俺はそれに見覚えがあった。 「…めぐみ」 * 翌日俺は、美咲を電話で呼び出した。 何なのよ兄貴わざわざ、と彼女はいつもの様に俺を罵倒する言葉を幾つか投げた後、近くの公園を指定した。兄が慢性金欠であることをよく知っている妹というのは実に憎たらしい。夕方であるにも関わらず、兄に公園などを指定するのだから。 ベンチに腰を下ろして、ぼんやりと妹のマンションの窓を眺めていた。今日は閉じている。 五分程して、美咲はやってきた。 「どーしたのよ兄貴、突然」 「お前、めぐみをかくまってるだろ!」 美咲は一瞬きょとんとしたが、俺が向いている方向を見て、ああ、とうなづいた。 「何だ、やっと気付いたんだ。やっぱり鈍感だぁね」 俺は妹のその言葉に、息が止まるかと思った。俺は妹に詰め寄った。 「何であいつが、お前の所に居るんだ!」 「拾ったのよ」 「拾った?」 「そう。道で拾ったの。可哀そうに、泣くことも忘れてた」 妹は肩をすくめた。俺はそんな自分のもと同居人の姿が想像できなかった。 「朝っぱらからあんた達みたいな人がふらふらしてるなんて変じゃない。感謝しなさいよ?会社に行く途中で出会っちゃったから、わざわざ有給休暇とったんだからね」 「…ああ…なる程」 「何か、明け方くらいから、歩いてたみたいよ。何かすごく疲れてたもん。で、とりあえずお腹の空いた猫にはごはんをあげて」 「…ってことは、朝の前にはもうウチを出てたったことか?」 「じゃないの?そんな感じだったわよ」 そんな筈はない、と俺は思った。それらしい素振りはその前の夜にも全くなかった。何と言っても俺は、その前の夜は非常に気持ち良かったライヴのせいで呑みすぎてしまったくらいなのだから。 だが事実は予測を越えるものだ。 「何でだ?俺にはさっぱり判らん」 「詳しいことは知らないわよ。でもあの子が言ってたのはね、自分はもう限界だ、ってことよ」 「…そんな筈はない」 あんなライヴができたのに。 「そういうのは、他人が決めることじゃないでしょ?そういうところが兄貴は嫌よ。兄貴がどう思おうと、本人はそう思ってたの。それでもう駄目だと思ったようよ」 「どうして」 「メジャーの話、来たんでしょ?」 ああ、と俺はうなづく。 「自分はメジャーに行ってまでやれる自信はないって」 「え?」 「だって兄貴は、『声』に惚れるじゃない。昔から、いつでも」 「…だからそれが?」 「それが男だろうが女だろうが構わなくてさ。おかげであたしまで影響受けちゃったじゃない…まあそんなことどうだっていいわ。限界を決めつけるってのは兄貴のモットーには反するだろうけどさ、メジャーへ行けば、兄貴はまた視野が広がるじゃない。音楽だけできる状況になれば」 「ああ」 それは俺の望んでいることだ。 「だけどめぐみちゃんは、それが辛かったみたいよ。兄貴はあの子がどうであろうと、きっと音楽に関しては、どんどん前ばっかり向いて手を広げてく。無論それが悪いなんて言わないわよ。いい傾向だとあたしも思うわよ。どーせならBIGになってよ」 「…言うなあ」 「言うわよ。あたしは。だけど、あの子はそうじゃない。そうなった時、兄貴の求めるヴォーカルにはどーしても届かないだろう、届けないって」 「…」 「あたしの胸の中で泣いてたもん。ここ最近で、やっと泣けたのよ、あの子」 「泣いたのか?」 「泣いたわよ」 知らなかった、と俺は思った。一度たりとも、俺は元同居人が泣いた姿など。 「届かないだろうから、きっといつか兄貴は自分を見捨てるから、その前にって」 「そんなこと…」 「しないって言い切れる?兄貴が」 俺には反論できなかった。そうだ確かに。もしも彼が、メジャーに行って、どうしても伸び悩んで、バンドの成長について来れなかったら、 「兄貴はいつもそうよ。兄貴が捨てられたって思っているけどさ、みんな同じよ。みんな兄貴に捨てられるのが怖くて、その前に逃げるのよ」 ! 「…心配せずとも、あの子はしばらくあたしが引き受けるからね。落ち着いたら新メンバーのライヴ観に行かせるから」 「お前が?」 「兄貴の影響って言ったじゃない」 ああそうだ、と俺は思い出した。自分が声で男女問わず惚れるののに影響されてしまって、この妹は、男女問わず守れる存在を愛してしまうのだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.07.23 18:18:11
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