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カテゴリ:NK関係
「…妹に寝取られたんか!情けのぉて俺は涙が出るわ」
昼間のバイトの後、EWALKのライヴを観るために俺はいつものライヴハウスに来ていた。 ライヴ終了後、まだ目の周りに露骨に縁取りをしたままの紺野は話を聞くなり、そう一息に言った。おまけに本当に泣き真似までして見せる。 「人聞きの悪いこと言うな!」 「ほな、違うんか?」 ぱっと顔を上げ、即座に紺野は切り返した。 違わないから頭に来るのだ。俺は黙った。そして悪友は、ほんの少しだけ真面目な口調になる。 「けどなケンショー、俺も、お前とめぐみが長く続くとは思わへんかったで」 「何だって?」 俺は思わず問い返していた。 「めぐみだけやない。俺が知ってるお前のヴォーカル全部そうやん。そらな、最初に惚れるのはいっつもお前やけどな、結局いつも向こうがお前に惚れて、惚れ込んで、お前を追ってしまうんや。あかんて」 ひらひらと紺野は手を振る。 「より惚れた方が負けるんや、レンアイは」 「…」 「だからなケンショー、お前にはお前を振り回すくらいの奴でないと、同じことの繰り返しやで?」 「振り回す、ねえ…」 ふっと俺の脳裏に、淡い色の、一面の花が浮かんだ。 「心当たりあるんか?」 「無くはないけど…」 「あれ、ケンショー来てたの?ちょうど良かった」 店長の後ろに誰かが居るようだった。俺はその人の姿を見てぱっと立ち上がった。レコード会社の。 「んじゃ俺、向こうで着替えてくるわ」 紺野は席を立った。レコード会社の人(確か比企さんとか言った)は店長に中に入るように勧められる。そして部屋に二人だけになった。 「この間は残念だったね。メンバーが病気?」 「…いえ、あの…」 俺はやや言いよどむ。だが隠したところで仕方がない。 「実はヴォーカルが、いなくなったんです」 「いなくなった」 「行方が知れないんです」 「…失踪か」 はあ、と俺はあいづちを打つしかない。困ったなあ、と比企さんは眉を寄せた。スーツのポケットからマルボロを出すと、彼は火を点け、一息吸った。俺もそれにならって自分のケントMを出そうとした。 「…だが逆に、面白いことになるかも知れないな」 彼のその声に、俺は煙草を出すのを止めた。 「…何ですか?」 「いや、実は、こないだ、君達の対バン見たんだけど」 やっぱり居たのか、と俺は思った。 「…何処から言った方がいいかな…」 彼はややまぶしそうに目を細めながら、一番いい切り口を捜しているようだった。やがて1センチほどたまった灰を灰皿にぽんぽん、と落とすと、俺の方に向き直った。 「単刀直入に聞きたいんだが、君は、今のバンドでメジャーに行きたいのかい?それとも、君が、メジャーに出たいのかい?」 眉を寄せるのは、今度は俺の方だった。やや軽く、言葉が戦闘態勢になってしまう自分を感じる。 「…それは、今のバンドでは、駄目だ、と言うことですか?」 「そういう訳じゃない」 「では、どういう意味ですか?」 彼は再び煙草をくわえると、少し煙を含んだ。 「…いや、君達の対バンのバンド、居たろう?確かS・Sと言う…」 「はい」 「商売がら、ステージを見れば、何かしらピンと来るものがあるんだ。こいつはメジャーでも大きくなれる、こいつはインディの花形止まりだ…あそこのヴォーカルは」 「カナイがどうしたんですか?」 「知り合いかい?ああ、彼は、華がある」 俺はそれにはうなづいた。 「だから、彼と…あのバンドでは、ベースが面白いな、と思ったんだ」 「ベース」 そう言えば、あのベーシストもまた結構若かったような気がする。目がカナイにばかり行っていたし、打ち上げにも出なかったので、どういう容姿だ、という記憶は殆どなかった。ただ、音に関しては、ひどく面白いな、と思ってはいた。 「で、逆に、君たちのバンドは、君と、ドラムが突出してる」 「…光栄ですね」 言葉に皮肉が混じるのは仕方がない。 「つまり、うちのギターとドラム、向こうのヴォーカルとベースを合わせたらどうか、ということですか?」 「ふっと浮かんだんだよ。バランスとしては悪くない。もちろん君達のバンド全体、でもいいと思ったのは事実だよ?だがヴォーカルが失踪したというなら」 「…まだ決まってません」 「そう、まだ、だ。だが、可能性の一つとして考えてくれないか、ということなんだ」 はあ、と俺は力の抜けた返事をする。 「向こうのギターは、駄目なんですか?」 「駄目と言う訳じゃないんだ。上手いことは上手い。テクニック的にはね。だけど」 「華がない」 「そういうことだ。君も感じなかったかい?一曲だけ違和感のある曲」 うなづく。確かにそうだ。あの曲だけが、奴の一番いい声わ引き出していたような気がした。 「あの曲だけは、カナイが作ったんだと言ってました」 「だろうね。僕もそう思った。あの曲だけが色鮮やかなんだ。他の曲も悪くはない。悪くはないが、それだけなんだ」 「ヴォーカルを生かすことができない」 「そう。それって、ひどくもったいないと思わないか?」 俺はうなづく。思う。ものすごく、思うのだ。嫌になる程、比企さんの言うことは、理解できた。嫌になる程だ。認めたくないが、俺もそう思っていたこと、という奴をこれでもかとばかりに彼は並べ立ててくれる。 「彼らにも、その話はするんですか?」 「…まあたぶんね。多少は迷っているが」 彼は煙草を灰皿に押し付けた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.07.25 20:09:06
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