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2005.07.27
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カテゴリ:NK関係
「結局また俺達だけだよな」
とバスを待ちながら小津は言った。奴のバイト先は、集まることの多い所からはバスで二十分くらいかかるところらしい。
 俺は俺で、夕方のバイトのために、別の方向へ行かなくてはならなかったのだが、奇妙な勢いで、二人とも話したくなっていたらしい。確認のようなものだ。自分のやっていることは正しいのか、そうでないのか。
「お前はいいんか?オズ」
「俺?」
 ファンの女の子からはジャニーズ顔と言われる、やや子供っぽいが整った顔が、不敵に笑う。
「俺は大丈夫よ。逆に、ドラムが叩けなくなることを考える方が怖いね。特にドラムってのは、そういうもんだからさ」
 そうだな、と俺はうなづいた。極端な話、ギターやベースというものは、一人で、部屋の中で楽しむことも不可能ではない。だけどドラムは別だ。楽器を練習する、そのことだけでもこの狭い住宅事情では、充分にリスクがある楽器なのだ。
「俺はさ、ケンショー、ドラムが好きなんであって、それで食えれば、本当に恩の字の人なのよ?何だっていい。何とかなると思わない?特にほら、日本ってさ、いいドラマー人口少ないじゃん。何かしら食えるとは思うのよ。そういうのは俺、全然怖くないから」
「そうだよな。それは俺も同じだよ」
「だろ?」
 ギターで食えるのなら…もちろんバンドで食えれば最高なのだが、極端な話、何でもいいのだ。スタジオ・ミュージシャンだろうが、カラオケの下請けギタリストだろうが、何でも。普通の、毎日を拘束される仕事について、その時間が取れなくなる方が俺はよっぽど怖い。
「ケンショーはなんで、ギターで食ってきたいと思ったの?」
「俺?他に好きなものがなかったから」
 あはははは、と小津は笑った。
「だったら俺と同じだ」
 そう、他にしたいことなど本当になかった。頭が悪い訳じゃあないらしいが、勉強に関心はなかったし、近眼も相まって、興味のないことに目を向けないくせが昔からあった。
 学校の勉強というのは、できなければできないで、悪いことはどんどん雪だるま式に膨れ上がるのだ。知識はない訳じゃあない。興味のあることには妙に詳しかった。ただ勉強にその興味が向けられなかっただけだ。音楽だってそうだ。学校の授業で習う音楽はつまらなかった。
 このままずっと、つまらないままで大人になるのか、と思うと目の前が真っ暗になりそうだった。妹が妙に世間一般で言う優秀なだけに、俺は。
 妹は嫌いじゃない。彼女も俺を嫌いではないだろう。だが、嫌いでないだけに、当時俺達は息の詰まる思いをしたものだ。
 そんな時に、ギターに出会ったのだ。正確に言えば、歪んだ音のギターの入った音楽に。
 その音は、それまでぼけた視界の中で何処にも行けずにいた俺の横っ面をひっぱたいた。
 こんなのもありか、と思った。こんなことをしてもいいのか、と思った。そして、こんなことをするにはどうすればいいのか、と思った。生まれて初めて思ったのだ。
 だから、反対されまくっている家を出るのにもためらいはなかった。
 それが正しいか正しくないかなんて、俺には判らなかった。今でも判らない。きっとこれからも判らないと思う。
 バス停のランプが点滅した。ああもう来るな、と小津はつぶやいた。
  
   *

 バイトが終わって帰ると、既に十時を回っていた。何処かからみかんの花の香りが漂ってくる。もうそういう季節なんだな、と俺は思った。
 郷里では、季節季節で必ず漂ってくる香りというものがあった。春には梅、初夏にはみかん、もう少し経つと、何だか判らないが、椰子の木の仲間のような大きな木についた細かい花。そして秋にはキンモクセイが。
 風があまりない、初夏の夜は、疲れた身体をすぐさま眠りに誘い込んでしまう。だけど部屋にたどりつくまではそうはいかない。辺りに誰も居る訳でない。俺は道で眠るのはごめんだった。
 アパートの階段を登り切ったら、取り替えの必要な蛍光灯が落ちつきの無い光をまき散らしていた。大家がさぼってるな、と思いながら、自分の部屋に近付いていく。と。
「…」
 高校生が、座り込んでいた。
 ダークグリーンのブレザー。グレイのズボンはそのまま地べたに座り込んだら汚れるんじゃないか?だけどカナイはそこに居た。俺は居るはずのないものを見た時の正しい反応を返した。
「…お前そこで何してんの?」
「あ、ケンショーさん、お帰り」
「お帰りじゃねえよ…こんな時間に何してんだ」
「待ってたんだ、あんたを」
 俺を?と自分を指すと、彼はうん、とうなづいた。俺よりは小さいが、めぐみのような外見とは縁のなさそうな姿なのに、妙に子供めいて、可愛い。
 まあ入れ、と俺は鍵を開けた。





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最終更新日  2005.07.27 18:49:10
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