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カテゴリ:NK関係
「昨日、ミナトが集合かけるから、何だと思ったら、PHONOの比企さんが来たんです」
カナイはそう切り出した。素早い行動だ、と俺は思う。 「で?」 「…知ってるんでしょ?」 「俺は、俺の聞いたことは知ってるけれど、お前の聞いたことは知らないぞ。お前は何を聞いたんだ?」 ポケットからケントMを出すと、俺は火を点けた。 「吸うか?」 彼は首を横に振った。 「俺、真面目なんですよ」 そう言えばそういうことを言っていたな、と思い出した。 「同じ話をケンショーさんにもした、と聞きました。比企さん、ウチとRINGERをくっつけてメジャーデビューさせたがってるんでしょ?」 「まあそんなところだ」 「それで、賛成したんですか?」 「賛成はしてないが…」 「じゃあ反対なんですか?」 俺は煙草を灰皿に押し付け、目を細めた。正面に座る奴の顔がやや鮮明になる。 「反対でもない」 「どっちなんですか!」 ばん、とテーブルに手をついて、奴はぐい、と身を乗り出してくる。真っ直ぐ、形のいい目が俺を見据えた。 「…どっちだったら、お前はいいんだ?」 「どっちって…」 「結果的には、そうなった。俺の意見を言ってやろうか?俺は、メジャーへ行きたいんだ」 「それは、バンド仲間を切っても、ということですか?」 「…そうだ」 「どうしてそんなこと言えるんですか?」 どうして? 俺は初めてその時彼に怒りを覚えた。 無論後で冷静になって考えれば、そういうのも仕方がない。もし俺が十八歳で、初めて組んだバンドが、調子良かったら。 そうだったら、例えバンドの誰かが多少腕が劣ったとしても、華の足りない奴であったにしろ、チャンスが巡ってきたからと言って切るなんてことは考えないだろう。この目の前に居る奴のように、そういうことを考える年長の奴に、くってかかったろう。当然だ。 そして冷静な俺だったらきっと、子供の言うことだ、と上手く言い諭す方法も見つけたかもしれない。 だがあいにく、俺はこの時、決して上機嫌ではなかった。美咲や中山の言ったことが、バイト中もぐるぐる頭の中を回っていた。 判っていたはずだ。自分が結局音楽にしか興味の持てないひどい奴ということは。でもそれは、結局「知ってる」だけで、「判って」いることではなかったのだ。 「お前は何も判っちゃいないんだよ!」 思わず俺は怒鳴っていた。目の前の奴が息を呑む気配がする。疲れと苛立ちと、ついでに睡魔まで襲ってきていた。こうなってくると、自分が言っている言葉に責任が持てなくなる。 だが高校生はまだ元気だった。 「何が判ってないんですか!おかげでうちは、今分裂の危機ですよ!」 「そんなことで分裂するようだったら、すればいいさ」 「ケンショーさん!」 「食うことに困らない奴が何言えるって言うんだ?!」 それを言うのは反則だ、と言ってから俺は思った。少なくとも、俺は、言うべきではなかったのだ。 「…!」 奴は息を呑んだ。そして次の瞬間、我慢の怒りの糸が切れたのか、差し向かっていたテーブルを越えて殴り掛かってきた。 「何すんだが!」 「あんたがそんな人だとは思わなかったよ!」 とっさに俺はテーブルを横に倒した。乗っていた煙草と灰皿がひっくり返る。 開いた窓から、みかんの花の香りが漂ってくる。頭に眠気が回る。 「あいにく俺は俺だ。他の誰でもない。お前が思おうと思わなくとも」 「…!」 そんなことどうでもいいのだ、と言いたげな顔で、彼は再び俺に殴り掛かってくる。身体ごとぶつける勢い。だが、所詮は経験値が足りない。 向かってくる奴の右手を左手で掴む。あいにく俺は様々なバイトのせいか、結構力は強いのだ。少なくとも、カナイよりは充分に強い。腕の太さ一つ比べても判る。ブレザーを取ってシャツだけになった彼の身体は、俺に比べてずいぶんとすんなりしている。 ぎ、と歯ぎしりの音が聞こえそうなくらいにカナイは力を込めているが、それでも掴んでいる俺から自分を開放することができない。 ひどく素直に、顔には悔しいという表情が浮かんでいる。ひどく素直だ。素直すぎて、腹立たしくなりそうだ。 苛立ちが、疲れが、睡魔が、香りが。 歯を食いしばって俺を見ている奴を、ふと引きずり下ろしてやりたい衝動にかられた。 引きずり下ろした時、どんな声が、聞けるだろう? 俺は力を込め、掴んでいた手の向きを変えた。 時計の針は、日付が変わったことを告げていた。眠気はとうに峠を越し、俺は妙に頭の中が澄み渡っているのが不思議だった。 彼はゆっくりと身体を起こすと、それまでに聞いたこともないような低い声で言った。…ああここまでキーか下がるのか… 「あんた最低だ…」 俺は掴もうとした手が止まるのを感じた。 「最低だよっ!」 扉を転がるようにして出ながらも、カナイは悪口雑言を投げていく。 それでもカナイの声は充分上に魅力的だった。 俺は半分開いたままになった扉をぼんやりと眺めながら、煙草に手を出した。灰皿は転がったままだった。床の上には、灰も染みも一緒くたになって散らばっていた。 …俺は馬鹿か。 ふとその惨状から離れた所に目をやると、ダークグリーンの上着だけが、忘れ去られたままになっていた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.07.28 18:39:02
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