|
カテゴリ:NK関係
「…何やお前、しけた面やなぁ。梅雨にはまだ早いで?」
雨の降る夜、「最近絶好調」のEWALKに俺はまた付き合っていた。 「何やそれ」 紺野は俺の持ってきていた袋を見て訊ねた。ああこれ、と俺は厚手不透明ビニールの袋を持ち上げた。中身を出して見せると奴は不思議そうな顔をした。 「何やそれ…制服やないか」 「制服だよ」 「制服だよ、やないで!何でお前がそんなもん持ってんねん?」 「忘れ物」 嘘ではない。忘れ物だ。もう十日は経つ。全てのことが、保留になっていた。バンドのことも、バンド以外の人間のことも。 「ふーん…忘れ物か。ほな、お前その持ち主が、ここの近くの名門私立ってことも知ってんやろな」 「名門私立?」 「お前だから目ぇ悪い言うんや!ちゃんと普段も眼鏡掛けぇ!ここの近くに○○○ってあるやろ!」 奴はさすがの俺も聞き覚えがあるくらいの小・中・高一貫教育で有名な学校だった。確か偏差値もずいぶんといいはずだ。 「そこの制服やん。見たこと無いなんて言わさへんで!」 そう言えばそうかもしれない。ありがちな制服として認識していたが。 「またお前、誰かこましたんか?」 「アホなことぬかすな!」 「コトバ伝染っとるんやないで!お前が言うと気色悪いわ」 まあそれはともかくとして、「こました」のも事実だから仕方がない。俺は黙った。言う言葉が見つからなかった。 「…そう言や、S・S、何や、いきなり解散やて?」 「え?」 突然変わった話題に、俺は顔を上げる。 「風の噂や。全部が全部本気に取るんやないで?ヴォーカルとベース、ギターとドラムで分裂しおったんや」 「何でまた…」 「知るか!そういうのは、噂で聞くもんやないで」 それはもっともである。 直接会って、話をつけたいと思った。ところが俺は、全然奴のことを知らないことに気がついたのだ。 ライヴハウスの、S・Sの連絡先は、向こうのギタリストのミナトの所だった。だがそれは分裂した向こう側の奴である。さすがに連絡をつけにくい。ライヴハウスの事務所の電話の前で、俺は十五分程うなっていた。 何やってんねん!と紺野のどつき入りの罵声が無かったら、きっとそのまま止めてしまったに違いない。 「…あ、ミナト君?加納です。…RINGERのケンショーだけど…」 何やら自分で言っていて、ひどく間抜けな台詞に感じる。 『あ、お久しぶりです』 「実は、そっちのカナイ君の連絡先を…」 『…ケンショーさん…今それを俺に聞くんですか?』 向こう側で、重い沈黙が数秒流れた。 『聞いてませんか?うち、分裂…解散したんだって』 「聞いたよ。だけど、彼につながる線が君しかないから」 再び重い沈黙。受話器を握る手に、ぞわりと違和感が走る。汗が手のひらににじむのが判った。 『ねえケンショーさん?』 ミナトの口調が変わった。妙に明るい。笑い声まで含んでいそうな。 『はっきり言います。俺達は、奴に切られたんですよ?何でだと思います?あんたのせいですよ?』 やっぱりそうか、と俺は受話器を握りしめる。予想していた答だったが、こうストレートに、それも同じギタリストに言われると、こたえる。 だが。 『…俺、こないだ奴が、寝込んでるから練習休みたいって言うから訪ねて行ったんですよ。滅多にないんですよ?あいつがそんなこと言うなんて』 そうだろうな、と俺は思う。真面目な奴だろうから。 『で、様子変だったから問いただしたら…何ですか…あんた何考えてるんですか!それで、奴が欲しいんですか?!』 「違う…」 『何処が違うんですか!?』 返す言葉もない。あいにく、どちらも本当なのだ。奴の声が欲しい。奴自身も欲しい。 それに関しては、一方的に、俺が悪いのだ。 『なのに何ですか…』 ミナトの声から力が抜けていく。 『あいつ、そのことに怒っているくせに、それでも』 「それでも?」 『…言われましたよ?それでも、あのギターで歌えたら嬉しいって』 頭の血がいっぺんに足先まで落ちたかと思った。ブラックアウトって、ああこんな感じだったっけ、と妙に冷静に頭が考えている。 『あんたの、ですよ?判ってます?帰ってきて、身体はガタガタだし、頭も混乱しきってて、だけど』 「だけど?」 『たまたま入れっぱなしだった、あんた達のCD、点けてしまったんですよ。あんたの音、あんたのギターを聞いてしまったんですよ。奴が何って言ったと思います?やっぱり自分はこの音が好きなんだって』 「…」 たとえ、相手がどんなひどい奴であろうとも。ああ全く。俺達は何処か似ている。 『あの馬鹿が何でバンド始めたのか知ってます?』 あいにく俺は知っているのだ。何もそこにつけ込んだ訳ではないが、知っていただけにやや胸が痛む。 黙っていたら、やがて彼は声のトーンを落とした。 『…ああ、すみません。…判ってるんですよ、俺の力不足だって。俺がもっといい腕してたら、奴は何されても…』 「…」 『繰り言ですね。ああ全く嫌だ嫌だ。でも、正直言って、悔しいし…一回しか言いませんからね』 そして続けて、八桁の数字がさらさらと向こう側から聞こえてきた。 俺は慌ててサインペンを取ると、近くに居た紺野の白い腕に書き殴った。 受話器を置いたら、何すんねん!とすぐさまどつかれたのは言うまでもない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.07.29 22:42:13
コメント(0) | コメントを書く
[NK関係] カテゴリの最新記事
|