1178069 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー

カテゴリ

サイド自由欄


2005.07.29
XML
カテゴリ:NK関係
「…何やお前、しけた面やなぁ。梅雨にはまだ早いで?」
 雨の降る夜、「最近絶好調」のEWALKに俺はまた付き合っていた。
「何やそれ」
 紺野は俺の持ってきていた袋を見て訊ねた。ああこれ、と俺は厚手不透明ビニールの袋を持ち上げた。中身を出して見せると奴は不思議そうな顔をした。
「何やそれ…制服やないか」
「制服だよ」
「制服だよ、やないで!何でお前がそんなもん持ってんねん?」
「忘れ物」
 嘘ではない。忘れ物だ。もう十日は経つ。全てのことが、保留になっていた。バンドのことも、バンド以外の人間のことも。
「ふーん…忘れ物か。ほな、お前その持ち主が、ここの近くの名門私立ってことも知ってんやろな」
「名門私立?」
「お前だから目ぇ悪い言うんや!ちゃんと普段も眼鏡掛けぇ!ここの近くに○○○ってあるやろ!」
 奴はさすがの俺も聞き覚えがあるくらいの小・中・高一貫教育で有名な学校だった。確か偏差値もずいぶんといいはずだ。
「そこの制服やん。見たこと無いなんて言わさへんで!」
 そう言えばそうかもしれない。ありがちな制服として認識していたが。
「またお前、誰かこましたんか?」
「アホなことぬかすな!」
「コトバ伝染っとるんやないで!お前が言うと気色悪いわ」
 まあそれはともかくとして、「こました」のも事実だから仕方がない。俺は黙った。言う言葉が見つからなかった。
「…そう言や、S・S、何や、いきなり解散やて?」
「え?」
 突然変わった話題に、俺は顔を上げる。
「風の噂や。全部が全部本気に取るんやないで?ヴォーカルとベース、ギターとドラムで分裂しおったんや」
「何でまた…」
「知るか!そういうのは、噂で聞くもんやないで」
 それはもっともである。

 直接会って、話をつけたいと思った。ところが俺は、全然奴のことを知らないことに気がついたのだ。
 ライヴハウスの、S・Sの連絡先は、向こうのギタリストのミナトの所だった。だがそれは分裂した向こう側の奴である。さすがに連絡をつけにくい。ライヴハウスの事務所の電話の前で、俺は十五分程うなっていた。
 何やってんねん!と紺野のどつき入りの罵声が無かったら、きっとそのまま止めてしまったに違いない。
「…あ、ミナト君?加納です。…RINGERのケンショーだけど…」
 何やら自分で言っていて、ひどく間抜けな台詞に感じる。
『あ、お久しぶりです』
「実は、そっちのカナイ君の連絡先を…」
『…ケンショーさん…今それを俺に聞くんですか?』
 向こう側で、重い沈黙が数秒流れた。
『聞いてませんか?うち、分裂…解散したんだって』
「聞いたよ。だけど、彼につながる線が君しかないから」
 再び重い沈黙。受話器を握る手に、ぞわりと違和感が走る。汗が手のひらににじむのが判った。
『ねえケンショーさん?』
 ミナトの口調が変わった。妙に明るい。笑い声まで含んでいそうな。
『はっきり言います。俺達は、奴に切られたんですよ?何でだと思います?あんたのせいですよ?』
 やっぱりそうか、と俺は受話器を握りしめる。予想していた答だったが、こうストレートに、それも同じギタリストに言われると、こたえる。
 だが。
『…俺、こないだ奴が、寝込んでるから練習休みたいって言うから訪ねて行ったんですよ。滅多にないんですよ?あいつがそんなこと言うなんて』
 そうだろうな、と俺は思う。真面目な奴だろうから。
『で、様子変だったから問いただしたら…何ですか…あんた何考えてるんですか!それで、奴が欲しいんですか?!』
「違う…」
『何処が違うんですか!?』
 返す言葉もない。あいにく、どちらも本当なのだ。奴の声が欲しい。奴自身も欲しい。
 それに関しては、一方的に、俺が悪いのだ。
『なのに何ですか…』
 ミナトの声から力が抜けていく。
『あいつ、そのことに怒っているくせに、それでも』
「それでも?」
『…言われましたよ?それでも、あのギターで歌えたら嬉しいって』
 頭の血がいっぺんに足先まで落ちたかと思った。ブラックアウトって、ああこんな感じだったっけ、と妙に冷静に頭が考えている。
『あんたの、ですよ?判ってます?帰ってきて、身体はガタガタだし、頭も混乱しきってて、だけど』
「だけど?」
『たまたま入れっぱなしだった、あんた達のCD、点けてしまったんですよ。あんたの音、あんたのギターを聞いてしまったんですよ。奴が何って言ったと思います?やっぱり自分はこの音が好きなんだって』
「…」
 たとえ、相手がどんなひどい奴であろうとも。ああ全く。俺達は何処か似ている。
『あの馬鹿が何でバンド始めたのか知ってます?』
 あいにく俺は知っているのだ。何もそこにつけ込んだ訳ではないが、知っていただけにやや胸が痛む。
 黙っていたら、やがて彼は声のトーンを落とした。
『…ああ、すみません。…判ってるんですよ、俺の力不足だって。俺がもっといい腕してたら、奴は何されても…』
「…」
『繰り言ですね。ああ全く嫌だ嫌だ。でも、正直言って、悔しいし…一回しか言いませんからね』
 そして続けて、八桁の数字がさらさらと向こう側から聞こえてきた。
 俺は慌ててサインペンを取ると、近くに居た紺野の白い腕に書き殴った。
 受話器を置いたら、何すんねん!とすぐさまどつかれたのは言うまでもない。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005.07.29 22:42:13
コメント(0) | コメントを書く



© Rakuten Group, Inc.