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炬燵蜜柑倶楽部。

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2005.08.08
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カテゴリ:NK関係
「怒ってる?」
「ま、お前のことだし、慣れてる」
「悪いなあ」
 はははは、と乾いた笑いが耳に届く。俺は荷物を両手にしたまま、肩をすくめた。荷物が重いとそんなことにも力が要るのだが。
「本当に悪いと思ってるなら、腕ふるえよ?磯部揚げ!」
「判ってる判ってる」
 そしてまたばんばん、と彼女は俺の背中を叩くのだ。
 どうやら時間制限があったようで、ぎりぎりだったらしい。彼女はスーパーの袋を俺の足元に置くと、駅のサービスセンターへ飛び込んで行った。俺もさすがにやや腕が疲れたので、彼女が置いたところでひとまず袋を下ろした。肩を上下させると、ぽきぽき、といい音がする。
 湿気が多いせいか、何となく汗ばんでいるペンキ塗り鉄骨の駅柱にもたれて、ちょいと一服、と俺は煙草を取り出した。紗里は煙草は嫌いなので、彼女の部屋に行くと吸えない。今のうち、だ。
 ふう、と息をつきながら、ぼんやり、辺りに視線を飛ばす。この時間は、勤め帰りの連中のラッシュがひと段落する時間だった。そして次第に「駅前」にガキどもが集まり出す時間だった。
 時々紗里の部屋に行く関係で、この駅はよく俺も利用している。週末なんぞは、何処からやってくるのか、中坊高校生のガキどもがうじゃうじゃと集まってくる。古典的ヤンキーからチーマーやら、ロックやってます兄ちゃんだの、ゲーマーだの、何処から見てもただのガキ、とか、塾さぼってやがるなこいつ、まで千差万別だ。
 だから、その姿を見かけた時も、俺は別に疑問に思わなかった。
 …マキノ?
「お待たせ。あれ、どうしたの?」
「ん、いや、知ってる奴じゃないかなって…」
「高校生?」
 うん、と俺はあまり目立たないように彼女に示す。
「小柄だね。華奢ぁ。可愛い子じゃない」
「可愛い?」
「だって、そう思わない?」
「…おい、うちの新しいバンドのメンバーだぜ?」
「へ?高校生って言ったじゃない」
「高校生は本当。だけどすげえ上手いの。ベースの腕はぴか一」
「ふーん…まああんたのベースに関する目は信じましょ」
 そして彼女はよいしょ、と一度置いたスーパーの袋を持ち上げた。
「挨拶してかないの?」
「え?…あれ」
 どうやら連れが居るらしい。奴は少し目を離したすきに、別の誰かと話していた。
「…ま、別にいいさ。また会えるし」
「ふーん…」
「それよっか俺、腹減った。急ごう」
 そーよね、と彼女は言った。

   *

 顔合わせをしてから、本格的に練習が始まった。
 曲出しも言われている。勢いがついてきた、というべきなんだろうか。
 だがライヴはまださすがにできない。メンバー半分入れ替わったら、なかなか合わせるのに時間が必要だ。テクニックはともかく、呼吸の問題というものがある。
 それに名はともかく、向こうは向こうで俺達の曲をただやるのではなく、向こうでやっていた曲、やりたい曲というものがあるだろう。
「やりたい曲?」
 そこでケンショーが訊ねたら、カナイとマキノは顔を見合わせた。
「自分の曲は使わないでくれ、と奴は言ってたけどね」
 カナイは前のバンドのギタリストから言われたことをそう説明する。
「まあそうだろうな。ギタリストだもんなあ」
と我らがリーダー兼ギタリストは妙に納得した顔で、そうのたもうた。そして言ってから、ふと気付いたように、斜め向かいにいるヴォーカリストに訊ねる。
「…あ、じゃあカナイ、あの曲はやってもいいんだよな?お前のあの」
「あ、あれ?うん、あの曲だけはいいって」
 あの曲。俺が何となく訝しげな顔をしていると、ケンショーは付け足した。
「ほら、最初に対バンした時に、何かお前、ギターが弱いとか言ってた…」
「あああれか」
「あ、ギター弱かったですか?」
 マキノは初耳、というように軽く首をかしげ、目を丸くして問いかけた。するとケンショーは片手をひらひらだらだらと振った。
「あ、違う違う。正確には、ギターが弱いんじゃなくて、お前のベースが凄かったの」
「あ、そーなんだ。うん、確かに奴はあの曲弾きにくそうだったもんね」
「あれ、そーだったんか?」
「お前のメロディって、ギタリストには鬼門だぜえカナイ」
「…あ、そ。でもあんたは平気でしょ?平気だよね?」
 念を押しながら、カナイはケンショーに向かってにやりと笑った。当然でしょ、とケンショーも負けず劣らずの悪党の笑いを返した。俺は何やらまた悪寒が走る自分に気付く。
 だがよっぽと奴はあの曲が気に入っていたらしい。確か、「S・S」が対バンだった時も、あの曲だけはメロディを一発で覚えたらしい。あの他人の曲などどうでもいい的な見方をする我がリーダー殿が!
「メロディもそうだったしさあ、変な構成でしょ。俺もベースラインつけるの苦労して苦労して」
「何ってこと言うのマキノっ!」
 カナイはマキノの背後から近付くと、突然わしゃわしゃわしゃ、と肩をもみ出した。
 だがマキノもマキノで、あ、肩こってたのちょうどいい、とか言ってそこでいきなりくつろいでしまう。何なんだこいつらは、と俺は思わずため息をついた。





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最終更新日  2005.08.08 20:51:09
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