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2005.08.18
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カテゴリ:NK関係
「ま、それはそれでいいんですよ。確かにあいつには覚えるに値しないような奴が多かったんでしょうから。だけど奴は、当初から目立っていたし、…あいつは自分で全然気付いてないけど…春先からよくピアノ室に居るのは知ってたから」
「音大志望だっけ」
「と言ってはいたけどね。果たしてどうだか…ま、とにかくそれで俺はよくACID-JAMにも通っていたんだけど、ある時突然、奴の姿がそこから消えた訳。そこでカウンターのナナさんに奴はどうしたのか、と訊ねて、その時初めてトモさんが亡くなったこと知った訳」
「…消えた?」
「ああ、もちろん学校は来ている。それも実に平然とした顔してね。だから俺、近付いてみた訳よ。そしたら案の定、何処か切れてたな。忘れてた」
「忘れてたって何を」
「そのこと自体を。あいつは事故の確認に行ってるんだよ?」
 事故。そう事故だった。ベルファのベーシストのトモさんは確か秋の雨の日、バイクの事故で亡くなったと聞いた。
「俺ちょうど、文化祭とかあったし、もともとバンド誘いたかったことあるし、ちょこちょこ友達つき合い始めた訳よ。で、ちょっとづつかまをかけてみた」
「かまを?」
「好きなバンドは何、とか、ACID-JAMは知ってるか、とかベースは誰に教えてもらったとか」
「それで」
「聞かれたことにはちゃんと答えたし、言っていることも間違ってない。だけど、その時点、その事故のあった日のことや、何で自分が付き合ってた人が今そばにいないのか、とかどうして最近ACID-JAMに行かないのか、とかいうことを無意識に抜かしているんだ」
「…それって」
「そ。つまり、忘れていたの。忘れたくて。でもさすがにあのベースを渡された時には、思い出したらしいね」
 カナイはやや嫌そうに目を伏せた。奴にとってもあまり思い出したくないことらしい。
「見覚えがあると思ったんだ…」
「うん。あれはトモさんのメインベースだったからね。でもそれだけ?オズさんが本当に俺に聞きたいのはそっちでしょ?ナナさんも知らないこと。ナナさんには知られたくないこと」
 …本当にこいつは。
「駅前で、見たんでしょ」
 俺はうなづいた。
 十一時過ぎの、駅前のロータリー。ぼんやりと奴は花時計の煉瓦の枠に座って、誰かを待っているように、見えた。常夜灯の緑の明かりの下で、ひどく気怠そうな奴の姿は、今までに見たことのないものだった。
 俺は声を掛けようかと思った。だが先客が居た。俺は情けないと思いつつも聞き耳を立てていた。
 三十代ぐらいの男だった。彼は奴に近付くと、一人?とか今暇?とか言う言葉を投げていた。と言うことは初対面だ。
 それに対して奴はこう言った。
 暇だよ。遊ばない?
 …俺はよほど飛び出してやろうかと思った。
 なのに、身体が動かなかった。
「あれは、何だ?」
 俺はカナイに訊ねた。そういう訊き方しかできなかった。なのにカナイは容赦なく、俺の質問に続きをうながす。
「何に見えた?」
「…ナンパされてる」
「…優しい解釈だね、オズさん」
 そりゃそうだ。言いたくはない。売ってるなんて。
「ま、言い方なんて何でもいいよね」
「…まさかあれがバイトだなんて言うんじゃないだろうな?」
「いえいえ」
 ひらひら、と手と首を同時に振る。
「あれは、バイトじゃないよ。結果的にそうなってしまっていても、奴にはそういう意識はないから」
「どういう意味だ?」
「単純に、あれは人恋しいの。…全く、滅多に人を好きになることもないくせに、一度壊れるととことん引きずってる」
 どうしたもんでしょうね、と奴はややおどける。
「どうしたもこうしたも」
「止められるものなら止めてるって。俺としては、奴がああいう生活になってるのはもちろん嫌なんだよ」
 それはそうだろう。
「だけど奴は奴で、結構頭回る奴だから、そういうことを絶対に、金曜とか土曜とか、とにかく昼間の生活に絶対関わらない部分でしかやらない。だからそういう点で文句を言えるものでもない。奴が売ってるって意識ない以上、所詮は、ただ単にそーゆーコミュニケーションが好きと言われてしまえばおしまいだし」
 …
「それこそ、フーゾク行ってる奴とどう違うと言われかねない。女の子と違って妊娠する危険もない。病気は怖いけれど、そういうところは妙にちゃんとしていたりする。つまり、ものすごく周到な訳で。力づくで引っ張ってきても、きっとそんなこと忘れてまた飛び出していくだろうし」
「馬鹿じゃないか」
「馬鹿だよ、本当に。馬鹿すぎ」 
「何とかしてやろうって思ったことは…」
「ありすぎる。だけど、俺にはどうにもできない部分ってのがあるでしょ?」
「と言うと?」
「例えばオズさん、奴と寝れる?」
 う、と俺は一瞬言葉に詰まった。それは本当にできるかどうか、ということではなく、そういうことを訊ねられた場合に弱い、という性格なのだが…
「つまりね、そういうこと。結局、奴がそうゆう相手を見つけない限り、駄目。週末の夜に一緒にゆっくり居てやれるような人がね」
「お前は駄目なの?カナイ」
「俺は駄目。そういう対象にはできない。友達だけどさ、友達として好きだけどさ、同情で俺、誰かと寝られる程大人じゃない」
「…なるほどね」
 カナイは苦笑する。一体奴がどう取ったかは判らないが、奴の言いたいことは判った。
 そして奴が内心何を期待しているかも。
 あいにく俺は奴よりは、とりあえず大人のつもりなのだ。だが大人としては(?)、やはりここで逆襲せねばなるまい。







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最終更新日  2005.08.18 08:33:27
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