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2005.08.23
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「何ででしょうね」
 アゲハ、と呼ばれた相手は彼女ににっこりとほほえみかける。
「どうして私なんでしょうね。彼女ではなく」
「それは私が聞いていることだ」
 鋭い声が、相手に真っ直ぐ放たれる。ふふ、と相手は笑う。
「遠く離れた妹にはるばる会いに来た、ではいけませんか?」
 だって私達姉妹でしょう?
「キラさん」
 相手はそう続けた。
「…間違ってはいない」
 塔矢煌は、しぶしぶそう答えた。
 そう、間違ってはいない。間違ってはいないのだ。
 だけど。
「それとも」
 相手は首を軽く傾げる。その拍子に、柔らかそうな明るい色の髪がふわりと揺れる。
「ハニイ以外は、あなたのお姉さんにはなれないのですか?」
「…その言い方は好きではない」
「けどその言い方の方が安全でしょう? キラさん」
「少なくとも、―――は、私のことを、そう呼んだりはしなかった」
 そうだ。煌は記憶をひっくり返す。姉は、蜜は、自分を―――
「でもあなたの知っている彼女は、十二かそこらまででしょう?」
「それは」
 煌ははっとして顔を上げる。
 名前を呼んでくれた。とことこと着いてきた。ぼんやりと遠くを見つめていた。雨を眺めていた。自分を呼んだ。キラ。
 その音が、とても、柔らかくて。
 だがそれは子供の―――ほんの、子供の頃の話だ。そして煌は、姉の―――蜜の、少女の頃しか知らない。
 十二の歳に、消えてしまった姉。
 十六の時に再会した時には、この目の前の相手が姉に代わって自分の相手をした。
 同じ身体を持ちながら、中身は違う。名前も違う。
 十六の時には、鳥の翼の名前を持っていた。
 そして海を渡り、鳥は蝶に変わった。
「…おじ様はお元気か?」
 煌は話を変える。元気ですよ、とひらりと相手は答える。
「そうでなければ、私をわざわざ日本へ送りはしませんからね」
 一度国から逃げた少女は、彼女の父母の古い知り合いのもとに身を寄せた。
 そしてそこで新しい籍と、名を手に入れた。
 一つはハニイ・揚。甘い蜜の名前。
 そしてもう一つは。
 羽という名をかつて目の前の元少女は持っていた。蜜の身体の中に生まれた、別の人格の総合した名前。
 それにちなみ、彼女は「揚羽」ヤン・ウーと呼ばれている。
 そして日本語に堪能な彼女の保護者は、こう呼んだ。
 「アゲハ」と。
「蝶は花に呼ばれるんですよ」
「…私は冗談が通じない性格だぞ」
「いえいえ」
 ひらひら、とアゲハは手を振る。
「とりあえず、お茶を如何ですか? 走ってきたなら喉が乾きませんか?」
「私は話をしに来たんだ。それどころじゃあない」
「ここのスコーンは美味しいでしょうに」
 皿に盛られた幾つかのかたまりをアゲハは指す。カレンズの粒が見えるもの、レーズンが顔をのぞかせているもの、そして。
「確かに私はここのスコーンは好きだ。それに今日はかぼちゃのスコーンもある」
 山吹色の焼き菓子に、彼女は視線を移す。
「ぱっくり割ると鮮やかな黄色が美味しそうで、大好きだ。好物だ。ハロウィンの頃なんて、食べ過ぎてお母さんに叱られたこともある」
「そうらしいですね」
「そうだった、んだ。だけど、今日の私は、貴女と話をしに来たんだ」
 顔を上げる。
 ふふ、とアゲハは笑う。
「無粋ですね」
「ああ、無粋、大いに結構」
 ぴしゃり、と煌は言い放つ。両手を大げさに広げる。
「私はあいにく、貴女も知っているとおり、お父さんそっくりなんだ。相も変わらず! 誰もが知ってる通り!」
「その様ですね」
「うちの事情に、海の向こうからでも詳しい貴女なら、知っているだろう? あの朴念仁、唐変木、それでいて、誰かさんだけ一途にアイし続けている、あのお父さんそっくりだとね」
「らしいですね」 
「誰もが言う。言われてきた。塔矢さんちのキラさんは、まるで名人の子供の頃そっくりだ、いつも言われてきた」
「ええ」
「アゲハさん、貴女は知らないかもしれないが、私はずっとそうだった」
「―――そう」
 アゲハはゆっくりとうなづく。
「確かに、私は直接その頃のあなたの姿を見た訳ではないですね。見たのはハニイの方。そんなあなたの姿はハニイの記憶の中にしかないですから」
 残念ですけど、と彼女はポットを手にする。
 こぽこぽ。言葉と共に、お茶が煌の前に置かれたカップ注がれて行く。
 思わず煌はその金色の液体に目が引き寄せられる。ぐるぐる、と液体はカップの中で渦を巻く。
「でも私は、別に冗談を言っている訳じゃあないのですよ」
「どうして」
 煌は苦笑する。
「花に引き寄せられた、なんて。比喩だったとしても妙だ。からかってるとしか思えない」
「それではあなたには、やっぱりあれは、見てなかった―――いえ、見えなかったんですね」
 え、と煌は眉を寄せた。父親譲りの、濃い黒い、眉。
「あの、『花』を」





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最終更新日  2005.08.23 21:46:26
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