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カテゴリ:NK関係
「あんたは思いすぎると、訳判らなくなるんだよ。考えすぎて、何も判らなくなるんだよね。お馬鹿」
「そう馬鹿馬鹿言うなよ」 「だって本当に馬鹿じゃない。端から見ててじれったかったよあたしは」 「お前そんなこと思ってたの?」 「そりゃまあ、あん時にはあたしにも別の奴が居たけどさ」 結局紗里はそっちと別れた訳だが。彼女は自分のためにも麦茶を注いだ。 「でも端から見ててさ、あんたの態度はかーなーりじれったかったよ。…最もあたしも結局はあの子には残酷なことしてしまったんだろうけどさ…今頃どうしてるかも知らないけどさ。でも、だから、同じこと繰り返しちゃいけないよ、オズ」 「繰り返してる?」 うん、と彼女はうなづいた。 「繰り返してるよ。そういうふうに、大事に守っているだけじゃ、通じないことだってあるんだよ。あの子は本当に好かれているのか、それが判らなかったって言ったもん。もうあまり確かに覚えてる訳じゃあないけどさ…それだけはちゃんと覚えてるよ」 「そういうものなのか?」 「あたしはそういうタイプじゃないからね。だからあんたは気楽なんだよ。あたしも気楽だよ。あたしにとってもあんたは何も気を使わなくてもいい。馬鹿呼ばわりできる。だけどそういうタイプの子だって居るんだよ?その迫って来た子のこと、どう思ってるの?」 「…だから」 俺は口ごもる。そして言葉を探す。紗里は黙っている。言うまでは自分は喋らないとでも言うように、黙々と麦茶を口にしている。 「…俺も判らないよ。ただ、あれを見てると、危なっかしくて、見てられない…だけど、見ずにはいられない…」 は、と彼女は肩をすくめた。 「それは本物よ。だからあんた、その相手に全然手を出せないんだよ。あんたはそういう奴だよ。あたしにはこーんなことしようとしたくせにね」 ぐっと俺は言葉に詰まった。紗里はどん、とコップをテーブルの上に置いた。 「間違えるんじゃないわよ」 「紗里」 「それでもあんたは、その子を抱きたいんだよ。別の何かにすり替えないで」 彼女は正しい、と俺は思った。 確かにそうだった。どうごまかしても、結局自分自身はだませない。俺は他の誰でもなく、マキノをそうしたいのだ。 もちろん放っておけない、とか守ってやりたい、とかいう気持ちも持っているのだが、それと平行して、俺の中には、あの華奢な身体を抱き取りたいという気持ちが、欲望が、確かに存在するのだ。 そうでなければ、あの時逃げ出したりはしなかった。 そのままでは、そのまま行ってしまいそうな気がしたから、自分の身体がそう動きそうな気がしたから、俺はその前に逃げ出したのだ。 「だからね、もうあんたとは寝ないよ、オズ」 「紗里?」 「そういうのは、駄目だよ。すり替えてる。ごまかしてる。あんたがそれで結局、その相手に振られたなら、その時は、またそうすることもできるよ。でも言うまでは、気持ちに決着がつくまでは、駄目」 「…それは結構…」 「苦しい?でもねオズ、そうしたい時に相手がいないというのもきついもんだよ」 ぐ、と俺は再び言う言葉をなくした。確かに彼女には言う権利があるのだ。 「きつかった?」 「あったり前じゃない」 彼女は声を張り上げた。 「あたしだって生身の人間なんだから。少なくとも、あん時のあたしはまだあんたに恋してたんだから」 ずきん、と胸が痛んだ。 その頃のことを紗里は滅多に話さない。どんなことがあって、どんな思いをして、どう変わったか、とか。彼女のプライドにかけて、それは口に出せないことなんだろう。 そんなことはどうだっていいのよ、と彼女は再会して、殴る代わりに俺に蹴りを入れたあと、そう言っていた。 「辛かった?」 「当然のことを聞くんじゃないわよ、馬鹿」 「ごめん」 俺は白木のテーブルの上に頭を突っ伏せた。本当に、今更だが、それしか言葉は浮かばなかった。紗里は首を横に振った。 「今更謝られても、時間は戻んないわよ。それに、あんたがそうしたからこそ、あたし大学に行こうとか言う気にもなったんだし」 「それはそれで良かった?」 「少なくとも、知識は増えたもの。視点が広がったよ。ねえ考えてみなよオズ。あのままずるずると、あたし達、あたし達の郷里にいたら…」 「どうなってたと思うんだ?」 「そうね」 んー、と彼女は頬に人差し指を当てる。 「高卒で就職するとね、だいたいまず三年目に恐るべき波が来るのよ」 「波?」 「結婚。半径十メートル以内の、そういうつき合いかもしれないし、そういう話が来るのかもしれないけど」 俺は思わず麦茶を吹き出しそうになった。 「げ…二十一でかよ」 「だってうちのよりこさんもそのくらいだったでしょ?」 彼女は自分の姉の名を出す。そう言えばそうだった。 「で、その不吉な年を乗り越えると、次がそのまた三年か、五年後かな。今度は周囲の圧力がかかるわね」 「…あんまりいい光景じゃあないな」 「でしょ?でもね、お勉強しに上京すると、確かに状況は変わるのよ」 「そういうものか?」 「少なくとも、親元にいないというのは」 「そりゃ確かに」 「ねえ」 顔を見合わせて、俺達はうなづいた。俺達の共通項だ。郷里は嫌いではない。自然や気候や、そういった人間のいない自然に関しては好きなのだ。嫌ったことは一度としてない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.08.26 06:46:06
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