1179055 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー

カテゴリ

サイド自由欄


2005.08.29
XML
カテゴリ:NK関係
「…ところでオズさん、キーボード持ってたんだね」
「…あ?ああ」
「結構意外だな」
「そぉか?」
「だってオズさん、ドラム以外は興味ないように見えるもん。何で持ってんの?弾けるの?」
 俺は渋すぎる茶を飲み干したような顔になる。ああ弾けないんだね、と奴は壁に貼り付いた猫の笑いを見せる。俺だって、弾ける奴にはあまり説明したくない、ということはあるのだ。
 これでも一応頭の中で鳴っている音を引っぱり出してみたい、と思ったことはあるのだ。だが所詮徒労に終わった。
「でもずっと放っておいたら楽器が可哀想だよね」
 そう言って、奴は再びぽろぽろと指を走らせた。すると、俺はふと自分のことから、一つの疑問を思い出していた。
「マキノはピアノ弾けるんだよな」
「うん。この程度にはね」
 きらきらした音が、流れていく。
「どうして曲は書かない訳?」
「どうしてって言われても…」
 奴はふらりと首を傾ける。器用なことに、指は止まらない。
「…時々カナイが言うんだけどさ」
「うん」
「音が頭の中で勝手に鳴るんだって。それを奴は、歌えるから、そのまんま声にして引っぱり出してるんだって」
「…ああ、ケンショーの奴もそういうことは言ってたな」
「でしょ?何か曲を作れる人ってのは、そういう風に、ふわふわそうゆうものが頭の中で浮いてる、って言うか、漂ってるものってあるらしいんだけど…俺にはそういうのがないの」
「へ?そう?」
 うん、と奴は大きくうなづいた。
「そう。俺はね、基本的にプレーヤーな人なの。ピアノでもベースでも、そういうの、結構会得するの上手いらしいんだけど、そういうの、がないの。だってさ、カナイなんか俺がどれだけ教えてもベースもギターもピアノも全然できないんだよ?なのに奴は曲作れる。そういうこと」
「…ああ」
 俺は数回重ねてうなづいた。楽器のできるできない、は関係ない、ということか。
「だからオズさんも何か作ってるのかなあ、っと思ったんだけど」
「…浮かんでるものはあるんだけどね」
 指が止まった。ぴん、と彼の顔が僅かにこちらに向いた。
「だけどそれが、何かどうしても音にならないんだ」
「ならない?」
 視線は、今度は完全にこちらを向いていた。
「つながらない、というか、音に変換できない、って言うか…とりあえず音の見本があれば、どうかなって思って、キーボードなんかも買ってみたりしたんだけど、やっぱり」
「カナイはメロディそのものが浮かぶって言ってたけど」
 俺は頭を横に振った。そうじゃなくて…
「メロディじゃないんだ。もっと曖昧で、漠然としたものなんだ。メロディが浮かぶんなら、俺もまあ鼻歌でも歌って、それをケンショーに何とかしてもらうってこともできるんだけどさあ…」
「どういうものが浮かぶの?音じゃないの?」
「いや、音は音なんだ。だけど、具体的な音じゃないんだ」
 マキノはどういうことかな、と腕を組んだ。
「…じゃ、そうだなオズさん、『こういうかんじ』、とかそういう…すごく…」
 いや違う、と彼は頭を振る。手を軽く閉じたり開いたりする。俺はそれを見ながら、自分自身言いたいことが上手く見つからないことが、やや苛立たしかった。
 その自分の見えるもの、感じるもの、鳴っているものを説明できる言葉が上手く見つからなかった。
「…断片」
「断片?」
 ようやくそれらしい言葉を一つ投げると、奴はそれを繰り返した。
「何って言うんだろう…一部分の、色だけが、ほんのちょっと見えてるって感じなんだ。ヒントととも言いにくい。ほら、覚えている夢の、最後の瞬間って感じ」
「…ああ」
 彼は大きくうなづいた。
「…もしかしたら、判るかも、しれない」
 そして少しだけキーボードのヴォリュームを上げた。
「このくらいは大丈夫だよね」
「…お前何するつもりだ?」
「オズさんには、その断片、というか、ふわふわしたものが、あるんでしょ?」
「?ああ」
「だったらその断片を言ってみて。何か、判るかもしれない。具体的でもいい。全然具体的でなくてもいい。断片でいい。言葉の端っこ。そしたら俺はそれを音に変えられるかもしれないから」
「…そんなことできるのか?」
「さあ」
 彼は首をふるふると振る。
「でも、今何となく、そうしたいって思ってしまったから」
 「成りゆき」が信条の奴はそう口にした。指がぽろぽろ、と幾つかの和音を鳴らした。ある場所に来た時、俺の口は自然に動いていた。
 ふっと弾けたものがあった。
「…今の音」
「メジャーのAのコードだよ」
 ピアノを真似た音が軽く、部屋中に響いた。明るい和音。だけど何処か切ない。
「そこから降りていく感じで…」
 マキノは俺の言った通りに、鍵盤を押さえる。こう?と時々ちら、とこちらを見る。俺は首を横に振る。
「いや、少し上がって…」
「じゃあこういう感じ?」
 ぽろぽろ、と奴はそこから座りのいいコードを並べる。
「うん、でも少し昔っぽい感じで」
「昔っぽい?ちょっとそれって難しくない?もう少し…もやもやしたものでいいから、言葉付けてよ」
 何って言うんだろう。
 頭の中で、その音楽は、鳴っているのだ。ただ形にできないだけで。
「どういう種類の音?」
 奴はキーボードの中に記憶されている音をいろいろ変えてそのコード進行を奏でる。色々あって面白いね、といろんな組み合わせを試してみる。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005.08.29 06:19:17
コメント(0) | コメントを書く



© Rakuten Group, Inc.