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カテゴリ:NK関係
「…ところでオズさん、キーボード持ってたんだね」
「…あ?ああ」 「結構意外だな」 「そぉか?」 「だってオズさん、ドラム以外は興味ないように見えるもん。何で持ってんの?弾けるの?」 俺は渋すぎる茶を飲み干したような顔になる。ああ弾けないんだね、と奴は壁に貼り付いた猫の笑いを見せる。俺だって、弾ける奴にはあまり説明したくない、ということはあるのだ。 これでも一応頭の中で鳴っている音を引っぱり出してみたい、と思ったことはあるのだ。だが所詮徒労に終わった。 「でもずっと放っておいたら楽器が可哀想だよね」 そう言って、奴は再びぽろぽろと指を走らせた。すると、俺はふと自分のことから、一つの疑問を思い出していた。 「マキノはピアノ弾けるんだよな」 「うん。この程度にはね」 きらきらした音が、流れていく。 「どうして曲は書かない訳?」 「どうしてって言われても…」 奴はふらりと首を傾ける。器用なことに、指は止まらない。 「…時々カナイが言うんだけどさ」 「うん」 「音が頭の中で勝手に鳴るんだって。それを奴は、歌えるから、そのまんま声にして引っぱり出してるんだって」 「…ああ、ケンショーの奴もそういうことは言ってたな」 「でしょ?何か曲を作れる人ってのは、そういう風に、ふわふわそうゆうものが頭の中で浮いてる、って言うか、漂ってるものってあるらしいんだけど…俺にはそういうのがないの」 「へ?そう?」 うん、と奴は大きくうなづいた。 「そう。俺はね、基本的にプレーヤーな人なの。ピアノでもベースでも、そういうの、結構会得するの上手いらしいんだけど、そういうの、がないの。だってさ、カナイなんか俺がどれだけ教えてもベースもギターもピアノも全然できないんだよ?なのに奴は曲作れる。そういうこと」 「…ああ」 俺は数回重ねてうなづいた。楽器のできるできない、は関係ない、ということか。 「だからオズさんも何か作ってるのかなあ、っと思ったんだけど」 「…浮かんでるものはあるんだけどね」 指が止まった。ぴん、と彼の顔が僅かにこちらに向いた。 「だけどそれが、何かどうしても音にならないんだ」 「ならない?」 視線は、今度は完全にこちらを向いていた。 「つながらない、というか、音に変換できない、って言うか…とりあえず音の見本があれば、どうかなって思って、キーボードなんかも買ってみたりしたんだけど、やっぱり」 「カナイはメロディそのものが浮かぶって言ってたけど」 俺は頭を横に振った。そうじゃなくて… 「メロディじゃないんだ。もっと曖昧で、漠然としたものなんだ。メロディが浮かぶんなら、俺もまあ鼻歌でも歌って、それをケンショーに何とかしてもらうってこともできるんだけどさあ…」 「どういうものが浮かぶの?音じゃないの?」 「いや、音は音なんだ。だけど、具体的な音じゃないんだ」 マキノはどういうことかな、と腕を組んだ。 「…じゃ、そうだなオズさん、『こういうかんじ』、とかそういう…すごく…」 いや違う、と彼は頭を振る。手を軽く閉じたり開いたりする。俺はそれを見ながら、自分自身言いたいことが上手く見つからないことが、やや苛立たしかった。 その自分の見えるもの、感じるもの、鳴っているものを説明できる言葉が上手く見つからなかった。 「…断片」 「断片?」 ようやくそれらしい言葉を一つ投げると、奴はそれを繰り返した。 「何って言うんだろう…一部分の、色だけが、ほんのちょっと見えてるって感じなんだ。ヒントととも言いにくい。ほら、覚えている夢の、最後の瞬間って感じ」 「…ああ」 彼は大きくうなづいた。 「…もしかしたら、判るかも、しれない」 そして少しだけキーボードのヴォリュームを上げた。 「このくらいは大丈夫だよね」 「…お前何するつもりだ?」 「オズさんには、その断片、というか、ふわふわしたものが、あるんでしょ?」 「?ああ」 「だったらその断片を言ってみて。何か、判るかもしれない。具体的でもいい。全然具体的でなくてもいい。断片でいい。言葉の端っこ。そしたら俺はそれを音に変えられるかもしれないから」 「…そんなことできるのか?」 「さあ」 彼は首をふるふると振る。 「でも、今何となく、そうしたいって思ってしまったから」 「成りゆき」が信条の奴はそう口にした。指がぽろぽろ、と幾つかの和音を鳴らした。ある場所に来た時、俺の口は自然に動いていた。 ふっと弾けたものがあった。 「…今の音」 「メジャーのAのコードだよ」 ピアノを真似た音が軽く、部屋中に響いた。明るい和音。だけど何処か切ない。 「そこから降りていく感じで…」 マキノは俺の言った通りに、鍵盤を押さえる。こう?と時々ちら、とこちらを見る。俺は首を横に振る。 「いや、少し上がって…」 「じゃあこういう感じ?」 ぽろぽろ、と奴はそこから座りのいいコードを並べる。 「うん、でも少し昔っぽい感じで」 「昔っぽい?ちょっとそれって難しくない?もう少し…もやもやしたものでいいから、言葉付けてよ」 何って言うんだろう。 頭の中で、その音楽は、鳴っているのだ。ただ形にできないだけで。 「どういう種類の音?」 奴はキーボードの中に記憶されている音をいろいろ変えてそのコード進行を奏でる。色々あって面白いね、といろんな組み合わせを試してみる。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.08.29 06:19:17
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