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カテゴリ:NK関係
「ねえオズさん、どういう情景が浮かぶ?」
「情景?」 「うん。その音が絡まってる、風景。もちろん俺の思う景色と音と、あんたが思うのとは違うだろうけど」 情景。そうだ。目の裏に、情景はいつも浮かんでいた。音と一緒に、それは俺の頭の中にいつも。 ただひどくそれは曖昧で、形があるのかどうかも判らないものだったので、いつも言葉にしたこともなかったのだ。 音も同じだ。浮かんでいる。だけどそれを外に表すだけの、変換器というか…そういった「道具」が俺には足りない。 それでも俺は、自分のボキャブラリイを駆使することにした。奴はその何か、を求めているのだから。 「…白いんだ」 俺は両手で大きく顔を覆い、光から隠された視界に映ったものを奴に告げた。 「白い?」 ずるり、と指を額から目、頬と次第に下ろしていく。浮かんだ情景。 「曇っているのよりは明るいんだ。だけど晴れてもいない。雨が降るのかもしれない。だけどとりあえず午前中は降らないだろう、って空の色」 「それはもしかしたら、休みの日の土曜日とか、日曜日じゃあない?そうでなかったら、半ドンの土曜日の午後」 俺は半ば閉じていた目を弾かれたように開けた。 「…うん。特にすることがある訳でもなく、音もなくて、誰かがやってくる訳でもなくて、静かな」 「部屋の中?」 「そう、部屋の中。外へ出ようかどうか迷ってる。中に居て一日を終えてもいい。外へ出て何となく楽しく過ごしてもいい。どっちでも、いい」 「…じゃあ、この音は?」 奴は、一つの音を選び出した。ハモンドオルガンの音だ。うん、と俺はうなづいた。 「ねえこれを、三拍子にしたら、どう?」 「ワルツ?」 「別に三拍子全てがワルツじゃあないよ」 奴はくすくす、と笑った。俺はキーボードの側に近づいた。 「それで、最初に言ったコード進行で、こう降りて…」 やや安っぽい音が、広がった。如何にも電気音です、と言いたげにビブラートがかかっている。不安定な、音の流れ。 「うん、で、ややサビ…盛り上がって」 「こんな感じ?ちょっとありがちじゃあないかな」 音が上がっていく。 「うん、一度目のサビならそれでいい。…Aメロは二回繰り返して」 「じゃあ1コーラス、こういう風にまとめられるね」 奴は通してそのコードを流した。俺はうなづいた。 「2コーラス目は、Aメロ一回。で、そのさっきのサビを入れて…間奏」 「間奏部分はも少し後で考えようよ。そのサビがBメロとして、ちょっと毛色の違った…もしかしたら、雨が降るんじゃないかな、という感じのでしょ?」 「空がちょっと暗くなってくるんだ」 「…でもコードはメジャーのまま」 「そう」 俺は頭の中に何やら明るいものが広がっていくような気がした。どうしてこうも判るんだろう? 「ねえ明るいメロディの方が、哀しいよね。明るいんだけど、そう簡単に、空は晴れることなんかないんだ。だけど何となくずっと明るくて」 妙に奴の表情は楽しそうなものになっていた。俺は口元に手を当てる。 「…で、またAメロを一回…で、大サビ。Bダッシュ。思いきり盛り上げて…」 「音を思いっきり上げようか。大人しくまとめないで」 奴はその前までのBメロより、その部分の音を、二度ほどあげた。 ぞく、と背中を走るものがあった。 「…うん、そのまま、もっと盛り上げよう。大団円、って感じに…」 「じゃあこうだ」 奴はそのまま指を動かした。 「へえ…」 俺はすっかり感心していた。 「ちょっと通しでやってみるね」 ああ、と俺はうなづいた。穏やかな音のかたまりが、ゆっくりと部屋の中を満たしていく。 目を開いていても、頭の中に、「その情景」が広がる。 人の声もしない。車の音、外の喧噪、TVの音、ラジオの声、そんなものが何一つ聞こえない。 その音が、沈黙を作り出していた。少なくとも俺の頭の中で。 急にその中に、夕暮れの光が差し込んだような気がした。ハモンドオルガンの音が、急にピアノの音に変わったのだ。 それは使い込まれた、だけどそうそう調音をしていないような、やや狂いかけた音を思い出させた。オクターヴ違いのユニゾンがあの大きくはない手から叩き出される。 そしてまたサビにと戻っていく。 「…最後に、ピアノの…」 俺の口は、ふっとそんなことを告げていた。奴は軽くにっと笑った。上がりきったオルガンの音の、まだ余韻も残った中に、ピアノの音が絡む。そうだ、そんな感じだ。 …最後の一音が消えた瞬間、俺は思わずキーボードを越えて、奴に抱きついていた。 「…苦しいよ」 奴はそれでも俺を振り解くでもなく、そんな言葉をつぶやいていた。俺は俺で、そんな言葉は耳に入ってなかったらしい。 「…すげえ。何で、判るんだよ?俺の、欲しかった音!」 何でそうしたかは判らなかった。ただ無性に嬉しかったのだ。そして、紗里とは違う、また別の感触に、俺は少しばかり驚いた。昨夜は逃げた、あの。 どのくらいそうしていただろう。はずみで、鍵盤が音を立てた。俺はそれを耳にした時、ようやく我に帰った。腕を緩め、キーボードを横に避けた。 微かに上気した顔で、奴は俺に訊ねた。 「本当に、あれで、いいの?」 「ああもちろん。驚いた。どうしてお前、判るんだ?」 「…俺だって判らないよ、どうしてか、なんて。だけど、何となく、こういう感じかな、ってふっと思ったんだ。ねえオズさん今まで曲作ったこと、本当に、ないの?」 「ない」 俺はきっぱりと言った。情けないことだが、本当に、無い。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.08.30 06:34:27
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