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カテゴリ:NK関係
「俺はさマキノ、頭の中で、こう、ぼんやりと何か音や情景が流れていることはあるんだ。今みたいにさ」
マキノはうなづく。 「だけど俺には、それを外に、形にして引き出すためのものが俺にはないんだ」 「だけど、俺には判ったよ?…間違っていないのだったら、オズさんが、どんな情景を見て、どんな音を組み立てたがってるのか」 「見えるのか?」 奴はふら、と首を横に振る。 「そうじゃない、と思う。でも、何となく、判るんだ。ほら、あの、俺がピアノを入れたとこ、あそこは俺は、夏の夕方とか、考えてたんだけど…あのピアノの音は、あれはビアホールだよ。だから音が狂ってても平気なんだ。そんな時のピアノは、弾くんじゃなくて、叩くんだ。調子っぱずれの歌声に負けない程に」 「…そうだよ」 「そんな情景なの?やっぱり」 「うん」 「どうして判るんだろ?すごく不思議だ。だって俺、結局彼に関しては、全然判らなかった。すごく知りたかったのに、結局最後まで彼が何考えてるのか、全然判らなかったのに」 「マキノ…」 「どうしてオズさんは、判るんだろう?」 マキノは首をかしげる。俺は、何となく自分がその理由を知っているような気がしていた。だけど、やや話をそらしてみる。何となく、その言葉の向こうには。 「…でもワルツにされるとは思わなかったな」 「俺結構好きだよ。ピアノ曲にも結構あるし」 「でもワルツと言ってて、ワルツっぽくない奴も結構あると思うけど…お前さっきショパンやったろ?犬の奴って無かったっけ?何かガキの頃、音楽の授業か何かで聴いた気がするんだけど」 「『子犬のワルツ』?…だよね。ああ、あれはずいぶん音符が動き回っているから…」 と言って、キーボードを引き寄せると、マキノは音を「抑えたピアノ」に変え、細かく指を鍵盤に走らせた。 確かに左手のベース音は、三拍子を奏でている。だが右手の軽やかさが、それに気付かせない。 ふっと音に合わせて身体が動く時、一拍、背中に残るような感覚がある。それに気付いた時、ああこれはワルツだったかな、とやっと思い出すのだ。 「何か不安定でしょ」 そんな俺の気持ちを見すかしたかのように、奴は手を止めた。 「何かね、こうゆうのって、彼と居たときに、時々感じていた気分と、ちょっと似てるんだ」 やはり話はそこに振り返すのか。 「ワルツと?」 「俺さ、前、彼と居た時、何かね、いつももう一人が、そこに居るような気がしてたんだ。もうそこには居ないはずの人なのに」 「居ない人」 「俺と会うずっと前に、死んでしまった彼の友達」 ああ、そういう人が居たのか。 「そういう感情が、彼にあったかどうかは、結局俺には本当には判らなかったけれど」 嘘だ、と俺は思った。 「でも死んでしまったからこそ、その人は、ずっと彼にまとわりついてた。もちろん幽霊がどうの、というんじゃないよ?確かにそんなことが、そんな人が、居たんだ、っていう、影みたいなもの」 三拍子の、最後の一拍が、耳の後ろに聞こえてくる。 「何か、結局、俺はそのひとに勝てなかった気がする」 「そんなこと」 「そんなことって、オズさん判るの?」 「…判らないけど」 猫の瞳が、俺を見据えた。真正面から。昨夜と状況は、似ていた。だけど、昨夜とは明かに違う。 俺は大きく息をつき、覚悟を決めた。 「でも、そんなことは、俺は、どうだっていいと、思う」 今度は、逃げない。 「オズさん?」 「俺にだって、そのまとわりついてる何か、がお前の後ろに見えるよ」 「…」 「もちろん目に見えるってのじゃないよ。だけど、お前の後ろに、誰かが居るのは、見えるんだ。でも俺は、そんなことはどうでもいいんだ」 何となく猫の瞳は困ったように細められる。俺は手を伸ばした。ぴく、と触れた頬が震えるのが判った。 「俺だって聞きたいよ。どうして俺の中の『音』が見える?」 「判らないよ。だけど判るんだ。たぶん俺、そういう腕はあるよ。誰かが望めば、あんたのような言い方じゃなくても、断片をちゃんと聞かせてくれれば、それを音にすること、できると思うよ。だけど、それが『見えた』のはあんただけだもの。俺が聞きたいよ」 「それはなマキノ」 俺はそういうと、奴を引き寄せた。昨夜と立場は逆転した。猫の瞳は大きく一瞬開いたが、すぐにそれは伏せられた。条件反射のように奴の細い腕は俺の首に回された。 「…そうなんだ」 …息を大きくつきながら、奴は離れた唇から言葉を滑らせた。 「俺を、欲しがってる?」 「ああ」 「あのひとは、俺を、欲しがってはなかった?」 「それは俺の知ることじゃないよ」 奴はううん、と首を大きく振った。 「違うよ俺は知ってたんだ。知らないふりしてた。あのひとは俺を欲しがってはいなかった。俺が欲しがるから応えてくれていたけど。だから俺は、あのひとの音を見つけることができなかったんだ」 俺はいきなり感情的に、上ずっていくその声を、黙って聞いていた。それは、奴にも止められない何かが、声を奴の中から押し出しているようにも感じられた。 「あんたは俺を、欲しがってる。だから、俺には判るんだ。俺にはあんたの音が見つけられるんだ。俺に向けられた、何かが、あんたにはあるから」 そうだよ、と俺はうなづいた。そうだったんだ、と奴は回したままの腕に力を込めた。勢い余って、俺は背中から床に倒れ込んだ。 大丈夫?と奴は訊ねる。俺は大丈夫、と同じ言葉を返す。くくく、と奴は笑った。 「…昨夜の続き、しない?」 「続き?」 なるほどそれも悪くはないな、と俺は一瞬思った。 だが。 「なあマキノ」 「何?」 「したくないって言ったら嘘になるけど…俺達これからは、もっと、そうじゃないことでも、遊ぼう」 「嫌なの?」 「嫌じゃない。ケンショーがああいう奴だから、俺は別にそういうのは平気だと思う。けど、俺は、あいにくよくばりだから、そういうお前以外とも、やってきたいんだよ」 「普通に?寝るだけじゃなくて」 「週末に来ればいいさ。あんな所で誰か待ったりせずに、ここに。だけど寝るだけじゃなく、もっといろんなことしよう。普通に食事したり、適当にどうでもいい話したり、一緒にTV見て馬鹿な批評したり」 「それに、曲作ったり?」 「そう」 そだね、と奴は言って、くすくすと笑った。 正直言って、奴の後ろに居る「あのひと」、吉衛さんのことが全く頭に無い訳ではなかった。だがそれは、消せと言われて消せる訳じゃない。 だから俺は、それもまとめて抱きしめようと思った。 抱きしめる俺の力が強ければ、「それ」はいつか消えていくかもしれない。消えないかもしれない。 だがそれはどうでもいいことなのだ。ここにこうやっている、この相手が手の中にあるのなら。 「…あ、バイト」 マキノは思い出したようにつぶやいた。俺はあ、と声を立てた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.08.31 06:30:27
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