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カテゴリ:NK関係
しばらく奴はそれを黙って聴いていたが、やがて俺のそばにまで近付くと、譜面の置いてないことに気付いたらしい。
「…何って言ったっけ、その曲?何かひどく重いけど」 「さあ…タイトルまでは。忘れた」 「…そういうもの?」 「まあね。結構手が覚えてるものだし」 それは本当だった。タイトルはともかく、その曲は結構昔から練習した中にあったはずだ。だからこそ、勝手に頭の中で鳴り響くのだろう。 「…ま、いいさ。とにかくかくまってくれてありがと」 「どう致しまして」 俺はひらひら、と手を振る奴に、そう返した。そしてカナイはピアノ室の扉を開けると、一度きょろきょろと辺りを見渡し、そしてそっと扉を閉めた。意外にデリカシイはある奴らしい。 帰ろうとしたら、掲示板の内容が変わっていた。 俺達の学校には、赤いフェルトが貼られた大きな掲示板が生徒昇降口の横にある。その右半分を教師が使い、左半分を生徒が使う。 ちょうど両方とも張り替えをしているところだった。右側には、この間の中間テストの結果、左側には、生徒会のメンバーが大きなポスターを取り付けている所だった。 中には、さっき煙に巻いてしまった生徒会長の福原紗枝奈嬢も居た。 サエナ会長は、何だかんだ言っても、目を引く。ポスターの端を持ってぴっと止める姿も、丸まった紙を伸ばす仕草も、一つ一つがぴしっとしていた。 「あ、すごーい、会長、またトップですよぉ!」 確かあれは会計の女の子だった。彼女は右側の掲示を見てサエナ会長の肩を叩く。そしてその賛美の言葉と表情に対しては、会長は実に見事な笑顔を返す。 「ありがと。さ、こっちもさっさとやってしまいしょ」 全校生徒の前でマイクなしで話しても通ると言われている声が、耳に飛び込んできた。ふーん、と俺はさっきのカナイの声を思い出していた。 存在感のある声、という奴だ。そういうのは誰もが誰も持てる、という訳ではない。天性のものだ。幼なじみと言っていたが、おそらくあの二人が口げんかなどしたら、無茶苦茶やかましいものになるだろうな、と俺はふと思った。 「あら、さっきの」 ポスターを貼り終えた会長は、昇降口の横をすり抜けざま、出ようとした俺に気付いた。 肩よりやや長い髪。色は抜いたり付けたりはしていない。自然のまま、黒く流れている。無茶苦茶美人という訳ではないが、涼しげな目と上げた前髪が彼女を理知的に見せていた。スカートも最近の流行よりはやや長めに取っていて、流行よりは自分の好みを尊重するのだな、と思わせた。 背は結構高いから、162センチしかない俺をやや見おろす形になる。すらりとした足が綺麗だ。 「さっきはピアノをお邪魔してごめんなさい」 「探していた人は居ましたか?」 「ううん、見つからなかったわ。仕方ないわね、全く」 会計の少女が彼女の袖を軽く引っ張る。 「それではさようなら。帰り、気をつけてね」 「どうも」 なるほど「姉貴づら」ねえ。 何となくカナイの言いたいことは判った。 だが俺は、カナイのことをそうそう知っている訳ではない。いやカナイだけではない。俺はそうそうこの学校のクラスに知り合いという者も多くはなかったのだ。 この学校は伝統ある私立校という奴だった。小・中・高と、望む者はエスカレーター式に進学できる。カリキュラム自体も、一貫教育の気があり、途中から入ったものにやや不利であるので、外部入学のラインは高い。 俺はそんな学校の、高校からの外部入学者だった。 郷里は田舎である。ひどい田舎である。どのくらい田舎か、と言うと、高校に入るということイコール実家を離れること、というくらい田舎である。 車だの電車だの、どんな交通手段を使ったにせよ、実家から高校に毎日直接通うことができないのだ。その場合、親戚を頼るか、そうでなければ、学校に近い所に下宿するか、寮住まいである。 だがそうなってくると、何も郷里の学校でなくともいい訳である。 うちは幸い(と言うか)、結構家には余裕があった。旧家と言っても間違いではない。しかもそこの、跡継ぎがどうとか、とはあまり関係ない三男坊だったから、両親も俺には、外で自分を生かせることを見つけた方がいいだろう、と東京の学校へと出すことに反対はしなかった。 まあ名目は、「音大受験のため」だった。 とりあえず俺は、伝統ある私立の学校に外部入学できる程度の成績ではあったし、実際「生かせること」の一つとしてピアノもあった。三つの頃からやっているのだ。 最初からピアノの音は嫌いではなかったから、真面目にやっていたので、飛び抜けはしないにせよ、ある程度の腕はある。生かせるものなら生かしてみても悪くはないな、と親も、俺自身も思える程度に。 ふっと思い立って、もう既に貼り終わって、人気の無くなった掲示板に引き返してみた。右側を眺める。そこには上位二十名が学年別に挙げられていた。 俺の名は入っていないはずだ。入学した頃ならともかく、半年は経った現在は、可もなし不可もなし、という感じで、二十位未満、五十位以内のあたりをキープしている。 一番下に掲示してあった一年の部を、二十位から逆に目でたどってみる。 と、十二位にカナイの名前があった。大したものだ、と思った。 そしてその上に貼られた二年の部。確かに、あの会計の少女が口にしたように、サエナ会長はトップだった。 まあ珍しいことではない。だが、やや出来すぎだな、と思わずにはいられない。学業優秀。スポーツも…鈍という噂は聞かない。どちらかというと、チームプレイの際の頭脳役とも言われている。そして見栄えも声もよく、先生達の覚えよろしく。 …出来すぎでなくて何だというんだ、と言いたくなってくる。 そして左側には、文化祭のポスターが貼られていた。彼女があの綺麗な手でぴっと止めたポスターは、掲示板の枠と綺麗に平行線を描いていた。 「全校生徒の参加を望みます」。そう書かれている。基本的にここの文化祭は、全員参加するものなのだという。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.09.03 06:29:36
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