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2006.01.26
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カテゴリ:NK関係
 一ヶ月くらい、自分が何をやっていたのか、具体的な記憶がない。
 無論それと判らないような生活はしている。毎朝きちんと起きて、身なりを整え、会社へ行き、仕事をして帰ってくる。そして帰ってきても、そこに人の気配は無い。
 元に戻っただけだ。そう自分に言い聞かせる。
 ずっとそうしてきたじゃないか。
 キッチンで、のろのろと食事を作る。時には食べてくる。時には出来合いを買ってきてレンジで温めるだけ。それでも食事を抜くことはないし、無理する夜更かしもせずにベッドに入る。もう季節も季節だから、寒いということはないのだけど。
 寒いはずはないのだけど。
 そんなことをぐだぐだと考えながらも、身体はそれとは無関係に動いている。会社で電話を取れば、普段よりオクターブ声が高くなるし、作り笑顔だってできる。年下のOLちゃんとお弁当を食べる時には、世間話や前日のTVの内容で笑い合うこともできる。
 その一方で、それを無言で冷静に見ている私が居た。どうして私は動いているんだろう。ものを食べているんだろう。話しているんだろう。仕事ができるんだろう。―――笑っているんだろう。
 一ヶ月くらい、そんな状態が続いた。自分が何を話したのか、何をしていたのか、具体的に思い出せ、と言われても、うまくいかないくらいに。
 いや、その時でも、問われれば答えられるのだ。ただ今こうやって自分自身に語って自分にとって、それはまるで、自分ではない誰かのしていることか、遠い何処かの世界のようなことに感じていたのだ。
 身体と気持ちが、ずれていた。
 それがようやく合ったのは、ゴールデンウイークが終わる頃だった。
 実家方面にも今回は行かなかった。サラダが時々遊びに来たが、何かいつも首をひねっていたような気がする。
「ねえミサキさん、もう初夏なのよ」
 初夏。
 サラダに言われてようやく気付いたのだが、部屋の中が荒れていた。初夏、という言葉に、窓の外を見たら、外の木々が思いっきり緑のもしゃもしゃになっていた。あれ、といきなり焦点があったような気がした。
「いい加減模様替えしたほうが良くない?」
 彼女は夏仕様に現在変更中なのだ、と言う。そして手にしていたコンビニの袋には、新発売らしいゼリーが数種類入っていた。
 焦点が合った頭と目で自分の部屋を見渡したら、確かにひどかった。TVにもコンポにもほこりが積もっていた。カーテンは冬仕様の厚手のものだったし、いつまで私は毛布を何枚も出しているんだろう。
 ゴミはちゃんと捨ててはいたようだが、キッチンのシンクのすみにはぬるぬるとしたものがついたり、ステンレスが曇ったりしている。
 何でこれで平気でいたのか、よく判らない。
「…確かにひどいわ」
「でしょ? 何度も言ったのに、ミサキさんずっと生返事で」
「そ…うだった?」
「そーよ」
 サラダは大きくうなづいた。
「…掃除…しなくちゃ。うん。今からしよう」
「うん。じゃあ今日は終わったら、夕ご飯ごちそうしてね」
「え?」
「一ヶ月もミサキさんのごはん食べてないのよー。あたし」
「…ああ…でもあんた、彼氏は?」
「だーかーらー、言わなかった? 一番最近のは、先週別れたって」
「…忘れてた」
「まーったくもぉ。えーと、冷蔵庫もひどいから、買い物行くよね?」
 慌てて開けてみると、確かにひどかった。
「一緒に行こうよ。あたしリクエストしていい?」
 無論そこで断れる訳が無かった。

「細いのがいいな」
とサラダはパスタ売場で言った。
「太いのは嫌い?」
「嫌いじゃあないわよ。だけど今日食べたいのはスープスパ系だから…」
 そう言いながら、7分ゆでの1.6mmのスパゲティを彼女は手にした。
「トマトにするべきか、クリーム系にすべきか」
 独り言を言いながら、そのまま彼女は生鮮売場へ行く。ミックスのシーフードを手にすると、ざらざらと振りながら私のバスケットに放り込んだ。
「トマトにしよう。ホールトマト缶も買ってね」
 私は黙って肩をすくめた。そう言えばエキストラバージンのオリーブ油も切れていた。記憶には無いのだが、使うことはしていたらしい。ただ切れたからと言って、補充はしなかったようだ。オリーブ油が無ければ、サラダ油で代用、なんてことをしてたのかもしれない。
「次はこっちー」
 言いながら彼女は手を振った。周囲の視線が彼女に向く。公衆の面前だって言うのに。





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最終更新日  2006.01.26 21:22:50
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