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カテゴリ:NK関係
「兄貴これ…」
TVの上に無造作に置かれていたそのカードが何であるのか理解した時、私の指は凍り付いた。 「あ? あれまだめぐみ、捨ててなかったのか…」 捨てて? 「結婚式の招待状なんて、そうそう捨てるもんじゃないわよ」 「だけど俺、行く気ないからな。出した方もそのつもりだろうし」 それはそうだ、と思う。何せ、結婚式の当事者は、のよりさんとハコザキ君なのだ。 もともと付き合っていた彼等だ。それが、何故か一人の男に連続した時間、気持ちと身体を支配されてしまっていた。その呪縛が解けた今、もとのさやに戻った、と言えばいいのかもしれない。 ただ。 「…そういえば、めぐみ君、知ってるの?」 背中を向けたまま、私は兄貴に訊ねる。めぐみ君は今日は、バイトに出ていて居ない。私のように土日完全週休二日制、という訳にはいかない彼等は、シフトの関係で、休みが合わないことの方が多いらしい。ただそれでも一緒に住んでいるから、顔を合わさない朝夜は無い訳で… ふと、めぐみ君の白い腕が脳裏をよぎる。長い髪を後ろで無造作に束ねている兄貴は、煙草を吸いながらスポーツ新聞を広げている。店でもらってきたものらしく、ずいぶんとよれている。顔も上げずに(と思われる)彼は問い返した。 「何を?」 「兄貴が前、のよりさんやハコザキ君と付き合ってたこと」 「どうだったかなあ。ああでも俺、声が良ければ本人にも惚れる、ってのは言ったことあるよ」 「…言うかなあ、そういうこと、普通」 「だって俺はそうだからさ。お前知ってるだろ」 「そりゃあそうだけど」 結婚して、のよりさんはのよりさんではなくなる。ずっと気付かなかったけれど、あれは名前ではなく名字なのだ。ハコザキ君と結婚すれば、彼女もハコザキさんになってしまうのだろう。何か妙な気持ちだ。 「じゃあ兄貴は、二人ともあたしのとこに来たってのは、知ってた?」 「ああ」 私は振り向いた。彼はだが新聞から目を離す気配は無い。 「誰かが言った?」 「ハコザキがお前によろしく、って言ってたから」 それを伝えてもらったことはないような気がするが。 「それだけでしょ?」 「ああ」 「じゃあこれは知ってた? あたししばらくのよりさんと暮らしてて、彼女とそういう関係にあったわよ」 ふっ、と兄貴は顔を上げた。 「お前が?」 「そうよ。帰りにくいからって、しばらく居たわ。それであたしが兄貴に何処か似てるって」 曖昧にぼかす。 「そういうの、平気なの?」 「平気かどうかって、お前、俺に聞くの?」 「そうよ」 ぽん、と私は言葉を投げた。 「平気だよ」 あっさりと、彼はそう返した。 「本当に?」 「のよりが俺を見放したんだ。それは俺もよく知ってる。俺がどうこう言ったとこで仕方ないだろ?」 「だけどその時点では、のよりさん、兄貴のこと好きだったのよ」 「それでも、仕方ないだろ」 ふっと、彼女の残していった言葉が頭をよぎる。可哀相なひと。 「俺はこういう俺だし、それが原因で、どれだけの奴が逃げて行こうと見捨てて行こうが、俺は俺であることを辞められはしないから」 「そんなの、逃げよ」 「じゃあお前は、付き合ってる相手が、…や、お前にこれ聞いても仕方ないよな」 「何よ」 「…ああそうだ、こう言えば判るかな。『仕事とあたしとどちらが大事なのよ』」 「…何、彼女がそんなこと言ったの?」 「いや? そういうこと言った訳じゃあない」 「じゃあ何よ」 「だから、俺にとって、のよりは声だった。あいつには最初からそう言ってる。お前の声が好きだから、お前がいい、って。だけどあいつにはそれでは足りなかった。かと言って俺がそれ以上をあげられる訳じゃない。だから仕方ない」 「どうして…」 「だからお前にこのたとえは通じない、って言ったんだろ。お前だったら、もし一緒に暮らしてる相手が病気で寝込んでいれば、会社くらい休むだろ。そういうことが普段からできるように、日々過ごしてるだろ。普段きちんきちんとしていて、突然仮病使っても上手くだませるくらいには」 「…そ、そうだけど」 「だけど俺にはそれはできん。や、そりゃお前のように会社がどうの、じゃなくてな、もし俺がその時作曲モードに入っていたら、もしもその時の相手が同じ部屋で寝込んでいても、俺はきっと作業を続けているんだよ。続けなくては、とりあえず俺がどうかなる」 「勝手よ」 「そうだよ。だから俺はそれは最初から言ってる。それでも好きなのは向こうの勝手だし、見捨てるのも向こうの勝手だ。俺にそれ以外、どうしようがある?」 私は言葉を探した。上手く見つからない。 「…それでも、そう思ってしまうことは、止まらないじゃない。それこそ、兄貴が曲作りに止まらないように。それでも好きだったんだ、ってのは…」 兄貴は間違ってる。と思う。いや、違っている。だって、それじゃあ絶対に、誰とも、ある一線を越えられないと思う。 「兄貴は、声以外で、誰か好きになったことはないの?」 「無い」 「それでいいの?」 「そういうのは、いいとか悪いとかいう問題か?」 判っている。そんなことは、問題にすることではないのだ。 「…めぐみ君は、もう少し大事にしてやってよ」 「大事にしているよ。うちの大事なヴォーカリストだ。めぐみなら、今までよりもっといい場面にうちのバンドを持っていける」 「声以外の部分は、どうでもいいの?」 「声が全部を表してる、って、お前思ったことはないの?」 声が? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006.02.01 19:00:44
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