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2006.02.12
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カテゴリ:NK関係
 帰る頃には、雨が上がっていた。時計を見ると、まだ七時前だった。ふらふら、と頭の芯がふらつくのを覚えつつ、途中スーパーに寄って帰る。今夜は何を作ろう。きっとめぐみ君は店で食べてくるだろうから、食事は自分の分だけ。のよりさんの時よりその点では張り合いが無い。
 かさかさと袋の音をさせながら階段を上る。足が重い。鍵を回し、扉を開け、靴を脱いだらもうそれで精一杯だ。上着を掛けて、ふらふら、とベッドの上に座り込んだら、もう駄目だ。少しだけ。少しだけ。そのまま私は倒れ込んでしまう。背中が伸びる。気持ちいい…
 …目を覚ましたのは、夜中も二時だった。腹が減ったから目を覚ましたらしい。頭のふらつきはまだ続いている。ああやだ、服もそのままだったらしい。上着はともかく、スカートがしわくちゃだ。
 でも、寒くは無かった。何故だろう、とベッドを降りようとして気付く。足元で、やっぱり毛布にくるまれためぐみ君の姿があった。ああ、優しい子だ。
 そっと彼の横をすり抜けて、シャワーだけでも浴びようと、風呂場に向かった。ぱっ、と灯りをつけた途端、目眩がした。しっかりしろ、自分。
 熱いシャワーを浴びたらそれでも何とかふらつきが治まった。頭と体にバスタオルを巻いて、キッチンでミルクを口にする。ああやっぱりずいぶんと腹が減っている。だけど時間が中途半端すぎだ。朝になったら、しっかりした朝食を摂ろう。
 髪も朝少し早めに起きて、何とかしよう。とりあえずもう一度眠ろう、と私はベッドに向かおうとした。めぐみ君はまだ眠っていた。まるで目を覚ます気配は無い。彼も疲れているのだろう。
 柔らかそうな彼の髪にそっと触れる。目を覚ます気配は無い。
 朝が早く来ればいいのに、と私は思った。

   *

 ところがその夜、彼は帰って来なかった。

だいたいめぐみ君が私の所に転がり込んでから、一ヶ月位経ったあたりだろうか。残業で疲れた身体を引きずるようにして帰ってきても、誰の気配も無い。そのまま食事をして、TVを見て、風呂に入って、出ても、扉が開く気配は無い。合い鍵は渡してあった。
 今日は帰らないのだ、と私はただそれだけ思った。それだけだ。
 毎日毎日、私は彼に朝カフェオレを手渡し、私はその前でミルクティを呑んでいる。それが当たり前のように感じていた。
 感じてしまっていたのだ。これはまずい、と夜中になっても戻って来ない彼のことを思いながら、私は背が急に寒くなるのを感じた。
 また、忘れていた。
 ここは彼にとっては仮の宿りなのだ。それは最初から判っていたし、判った上で、彼にその場所を提供して…私自身も、それを楽しんでいたのだ。
 だけど、私自身が、その状態を無くしたくない、と感じだしている。それはまずい。まずいのだ。
 のよりさんは以前にこう言った。あなただって、あたしでなくたっていいのよ。それは確かだ。確かに今思えばそうなのだ。私は誰でも良かったのだ。
 そして、今もそうだ。必ずしも、めぐみ君でなくてもいいのだ。自分を必要としている誰か、だったら。プライドが無い、とのよりさんだったら言うだろうか。
 確かに、無い。一度知ってしまった暖かさは、中毒になる。誰かしらの温もりが無いと、寒くて仕方なくなってしまう。無論それまでも寒かった。だけど、それはまだ、自分が寒かったことを、本当には知らなかったから耐えられたのだ。これが普通なんだ、と考えようとしていた。
 だけど違う。のよりさんやめぐみ君が居る部屋と、そうでない部屋は、まるで空気の温度が違う。自分を必要としてくれる人の、体温が、すぐ手を伸ばせば触れられるところにある。それがこんなに、心地よいものだ、とずっと私は知らなかったのだ。
 誰かが、強引にでも触れてくれていたなら、もっと早く知ることはできたのだろうか?
 いや違う。それでも私は私だから、やっぱり、今の今まで気付くことはなかっただろう。
 私の指は、知らず、電話の受話器を上げていた。もしもし、と隣の番号を押していた。だがサラダの部屋から流れてきたのは、留守番電話の機械的な声だけだった。何処に行っているのだろう。
 判っている。都合のいい時だけ、彼女を頼りにするなんて、そんなのは私のわがままだ。サラダにだって自分の時間がある。今だったらバイトに行ってるかもしれない。もしかしたら、私がめぐみ君にかまけている間に、また男ができたのかもしれない。それは当然の権利だ。いや権利もへったくれもない。
 ただ、誰かと話したかった。近くに居る居ないを別にして、誰かと、今、この時間、関わっていたかった。なのに、こんな時に電話する相手一人、私には居ないじゃないか。
 勢いよく、受話器を下ろした。何だか急に、胸の奧からぐっ、と湧き上がってくるものがあった。
 疲れてるんだよ。誰かの声が聞こえてくるような気がする。
 そう実際、疲れているのだ。気持ちが、弱っている。だから余計に。
 …眠ってしまおう、と思った。これ以上今日起きていると、下手な考えばかりがぐるぐるぐるぐる頭の中を巡って、とりとめもなく、何にもならない。眠って、忘れて、また、明日、考えることは、朝になって、しっかり考えよう。私は自分に言い聞かせる。
 めぐみ君が明日の朝帰ってくる、という保証は無かった。だが私はとりあえず彼がいつ帰ってきてもいいように、コーヒーメーカーのペーパーフィルターをセットしておいた。

 目覚ましが六時を告げる。古典的なベルの音だ。重い体をゆっくりと持ち上げると、やっぱり部屋の中には私の匂いしかしない。ああ、帰っていない。
 カーテンの隙間から、日射しが入り込んでくる。日に日に早くなってくる夜明けは、私を否応無しに目覚めさせる。ベランダに出て、ふらっと下に目を移す。あの日の様に、彼がさまよっているなんてことはないのだろうか。既にベンチは見えなくなっている。
 TVを点けると、NHKのニュースがいつもの口調で喋り始める。内容は頭に入っていかない。通り過ぎていく。ああそれでも朝ごはんは食べなくちゃ。セットしてあるコーヒーメーカーのスイッチを入れる。最近はずっとミルクティだったけれど、奇妙に今朝はコーヒーを呑みたくなっていた。
 パンを焼いて、サラダを添えて、目玉焼きを作って。手が勝手に動く。私は苦笑する。それでもこういうことに、手はちゃんと動くのだ。腹も減るのだ。
 口にしたチーズトーストはさく、といい音がした。
 そう言えば。先日のことを思い出す。





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最終更新日  2006.02.12 12:56:47
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