ちょっと役所にいく用事があって、古い電話帳を探した。
なぜなら、そこに必要な住民登録の番号が書いてあったからだ。
何となく、パラパラとめくってみたら、あちこちに棒線が
引いてあった。
ある人は、何度も電話番号を替え、ある人は何度も住所を
替えていたり、実母の姉の叔母など、3度再婚して苗字が
OからRになり、最後にはQになって、ケアーホームに
移った後は棒がひいてあったり、ある人は亡くなっていた。
中には、全く誰だかわからない人の名前もたくさん残っていて、
一生懸命に思いだそうとしたが、どうしても思い出せない。
「楽しかった、これから手紙の交換しようね」などと、
旅行中にめぐりあった人と住所の交換をしても一度も
手紙などださなかったケースの方が多い。そうかと思うと、
50年近く前に船の中で巡り合い、お互いに太平洋を
へだてて遠くに離れて住んでいるのに、いまだに仲良く
付き合ってる人もいる。これが「縁」なのだろう。
昔、互いに好きだった人の名前を見つけた時には、最後に、
「もう一度ヒロコに会いたいといったから」と奥さんが
わざわざハワイから連れてきてくれた時のことを思い出し
暫く、ぼぅ~っとしていた。彼も死んでしまったなあ。
半世紀、同じ住所、電話番号の友達もいるが、彼等の
子供達は巣立って行き、山火事で全焼した家を建て替えた
人もいるし、孫、ひ孫が出来た人も未亡人になった人もいる。
この電話帳は、さながら人生の縮図である。
時は常に動いているのだと痛感せざるをえないのだ。
先が短くなった今、これからは「この人はだれ?」と忘れるような人は
電話帳にはのせまいと思った。
ま、それも、私がボケてしまわない限りの話ではある。