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カテゴリ:遠き波音
しきりに酒を勧める郡司に、あまり酒には強くない近江守は適当に返事を返していたが、ふと目に付いて郡司に問うた。
「あの女は、そなたの身内か」 寝殿の隅の柱の陰で、一人の女が青磁の甕(かめ)に花を活けていた。 年の頃は四十半ばか。日に焼けた浅黒い肌に、痩せ尖って皺の刻まれた頬。色褪せた山吹色の小袖に褶(しびら)をつけ、脛(すね)を剥き出しにして跪(ひざまず)いているその姿は、田舎の百姓女そのものだった。 だが、頭の後ろで輪のように結わえられた髪だけは大そう豊かで、花を活ける手つきにも何となく雅なものが感じられる。 近江守の視線を追った郡司は、にわかに相好を崩して言った。 「おう、殿のお目に止まりましたか。あれは、身内ではございませぬが、うちで長い間召し使っている者でございましてな。何でも生まれは京の都だそうで、うちでは京乃という名で呼んでおります」 「京の女か」 「さようで。あれでも、若い頃はなかなかに美しゅうございましてな。私の息子が京に上った折、見初めて連れてきたのでございますよ。まあ、息子の方にはもともと口のうるさい古妻がおりまして、その悋気(りんき…嫉妬)があまりに激しく、すぐにあの女の元へは寄り付かなくなりましたが。京に戻っても行くところがないと申しますので、それ以来ずっと私が面倒をみております。もうだいぶん薹(とう)が立ったので、近頃はあまり寝所には召しておりませぬが、それでも時々恋しくなることがございますよ」 ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2014年01月24日 17時25分27秒
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