|
カテゴリ:遠き波音
「ほう……」
近江守は少し眉をひそめた。 仮にも息子が睦み合っていた女を、息子が飽きたからと言って親の自分が愛妾にするとは。 近江守の不快げな様子にも気づかず、郡司は目を細め唇に下卑た笑みを浮かべている。 目の前で花を活け続ける女を、近江守は痛ましげな眼差しで見つめていた。 女は少し首を傾げて、花の活け具合に目を凝らす。そうすると、その浅黒い眉間に深い皺が現れた。その皺は、この女が今まで辿って来た無残な道のりを、如実に物語っているようだった。男に惑わされ、裏切られ、辱められ、貶められて……。 いや、よく目を凝らせば、その皺だけでなく、女の全身からそのような惨めな境涯が臭い立ってくる。 近江守はそれ以上見ていられずに、さりげなく目をそらしていたが、郡司はまだ気づかずに近江守へ言った。 「守殿、今日はお疲れでございましたろう。よろしければ、あの女にお腰でも揉ませられては。按摩(あんま)も上手うございますよ」 近江守はすぐに断ろうと口を開きかけたが、ふいにまた口を閉じた。 目の前の女が、活け終わった花の甕を奉げ持ってこちらへ向き直っている。その目が近江守の上で止まり、そのままじっと動かなくなった。 涙がすべてを洗い流してしまったかのような、生気のない褪せた瞳の色。 その瞳が、近江守にはなぜか気に掛かり、思わず郡司に言葉を返していた。 「そうだな、確かに今日は少し疲れた。宴が果てたら、私のところへ寄越してくれ」 ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2014年01月25日 15時56分41秒
コメント(0) | コメントを書く |