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カテゴリ:高田渡
【追記】No.3
70年ごろの風太さんたちのやったことを、今の学生さんたちがイメージするような「起業家」という感じでとらえられると、それは違うなあと思うのです。 商売が先行していたら、たとえば初期の音源や映像をもっときちんと残して儲けようとしたことでしょう。 音楽をやりたくて、地球に平和をもたらしたくて、風太さんたちは夢中で動き回っていたのです。 訳知り顔でビジネスを語ったりしてはいませんでした。 広告代理店の仕掛け屋なんかではなく、悩める若者たちでした。 今年の春一番に野狐禅のような若者が出ていたのは、とても嬉しいことです。 生ギター弾いてるからって、「ゆず」「19」みたいな連中ばかりじゃないんだなと思いました。 今年の春一番コンサートに行った感想が、あちこちのサイトに出ています。 酔っ払いがステージ前をうろうろしていたり、子供が駆け回ったりしているのが不快だったという意見を少なからず見かけました。 意外でした。 僕はそれが心地好かったからです。 何日も続く野外コンサートはそれが自然だと思いました。 この人たち、NOTALIN-S(遠藤ミチロウ・石塚俊明・坂本弘道)の演奏に耳をふさいでいたんじゃないかな。 CD収録曲、「小坂忠とホージョハーフ」になってますが、もちろん四畳半から採ったので普通は「フォージョーハーフ」です。 CDの表記に従いました。 元のLPでそう書いていたのでしょう。 【追記】No.2 歯医者さんに行ってきました。 親不知が欠けたところをちょっと掘って仮詰めをして、また来週。 抜くことにならなくて良かったわ。 この歯医者さんはてきぱきと動いて余計なことも言わないので、気楽です。 ベルウッドと似た名前を名乗ってます。 「鈴木」さんなんでしょう。 ベルウッドは三浦光紀さんの個人レーベルみたいな印象だけど、元はキングレコードがフォークブームで商売するために作った別働隊。 当時のたぶん社長さん「鈴木」さんから「ベルウッド」にしたのだったと思います。 今日の日記の冒頭、間違ってます。 本当は春一番ツアーに出発する前、「みどりの日」あたりに届いたのに、聴く時間がなくて放置していたのだと思います。 無意識にお話を作ってしまいました。 【追記】No.1 ご当地自慢大会開催中! 今日はごろごろとCDを聴いていたので、ご当地自慢モノが探せませんでした。 しかたがないので、うちのギター画像なんぞアップしました。 元は12弦ギターの形状を説明するためのものだったので、今6本しか張ってないギターの写真を投稿するわけにはいかない。 ということで、去年の発掘画像です。 会場はこちら→「私のキティちゃん」 大阪で21世紀の春一番コンサートを観て帰ってくると、amazonから30年前の春一番が届いていました。 復刻盤CDです。 4月28日発売分は『春一番ライブ '72』『春一番ライブ '73』『春一番ライブ '74』。 高校生当時買えなかったレコードを、おっさんになった今オトナ買いしてるんですな。 でも、いいものはいいんじゃ。 これが私の原点。 言い訳すると、各2枚組みで2300円(悪税込み)は安いじゃないですか。 5月26日には70年代春一番の残りの音源が出ます。 『春一番ライブ '75~'76』『春一番ライブ '77~'78』『最後の春一番ライブ '79』の3セット。 やはり各2枚組みで価格は2300円(悪税込み)です。 わたしゃベルウッドの回し者か。 ジャケットがポスターのようになっています。 「春一番 '72」 五月六日・七日 雨天決行 開場■両日共 午後一時 所■天王寺野外音楽堂 入場料■二日間通用券 前売五〇〇円当日六〇〇円 73年は日付が「五月五日・六日」で「前売七〇〇円当日九〇〇円」。 74年は日付が「五月四日・五日」で「前売八〇〇円当日一〇〇〇円」。 ずいぶん急激に値段が上がるものです。 コンサートを巡る事情も急激に変化した時代だったのです。 そのころのことを、風太さんがCDの解説に書いてくれています。 題して「風太の春一番物語」。 風太さんのことは「1970年代を春一番とともに走りぬけた男」となっています。 「ベ平連」の資金作りのために1970年4月に天王寺野外音楽堂で「BE-IN LOVE ROCK」というイベントを開催したのが始まりだったそうです。 その資金を元に1970年に3回のフリーコンサートを開いて、ミュージシャンとの人間関係ができあがる。 「大阪の日本語ロック」の人脈です。 風太さんの場合は完全に日本語ロック派でした。 今年の春一番でアベちゃんが言っていたように、憂歌団は英語で歌っていたために最初は認めていなかったようです。 以前日録で日本語ロック論争(1971年)に触れたことがありますが、そういう時代だったのです。 なおかつ、「日本語ロック」が商売にはならなかった時代なのです。 西岡恭蔵さんが「下町のディラン」と歌ったロック喫茶「ディラン」のピンク電話に一番近い席に、風太さんはいつも座っていたそうです。 携帯電話のない時代。 部屋に電話を引いている若者も少なかったのです。 そして、「東京の日本語ロック」の連中も呼んで1971年に第一回の春一番コンサートが行なわれました。 「オレらもウッドストックやりたいなァ」ということだったそうです。 恭蔵さんの「春一番」という曲は実質上テーマソングのようになりました。 ♪ 春一番の風は 春一番の風は ♪ ヤスガーズファームへ君を ♪ 連れてゆくのだろうか レコード会社と契約してライブ盤が作られるようになったのは、その翌年の第二回からです。 そしてこのころ「フォークブーム」が起きて、コンサート事情が変わります。 興行屋が商売になってしまう。 1973年には、既に風太さんは悩んでいたようですが、春一番は続けました。 「アホな売れ筋のフォークはどーでもええ」 あ、『春一番ライブ '74』は曲が削られてる。 ★オリジナルアルバムで収録されていた中山ラビ「夢のドライブ」、遠藤賢司「踊ろよベイビー」は、都合により、このCDには収録されていません。 うう、残念。 『春一番ライブ '72』 ディスク: 1 1. かたつむり / いとうたかお 2. インスタント・コーヒー・ラグ / 田中研二 3. 夜汽車にのって / シバ 4. 交差点 / シバ 5. ミスター・ボー・ジャングル / 中川五郎 6. カレーライス / 遠藤賢司 7. 満足出来るかな~シー・サイド・バウンド / 遠藤賢司 8. 冬のサナトリウム~サルビアの花 / あがた森魚+蜂蜜ぱい 9. へいの上で / 蜂蜜ぱい ディスク: 2 1. どろんこ祭り / 小坂忠とホージョハーフ 2. 庭はぽかぽか / 小坂忠とホージョハーフ 3. 僕の街 / ザ・ディランII 4. 追伸 / 友部正人 5. 街は裸ですわり込んでいる / 友部正人 6. とめ子ちゃん / ごまのはえ 7. 系図 / 高田渡 8. あしたはきっと / 武蔵野タンポポ団 9. カーカー / 武蔵野タンポポ団 『春一番ライブ '73』 ディスク: 1 1. もう帰るところが / 朝野由彦 2. オリオン座 / 朝野由彦 3. 吹雪哀歌 / 中塚正人 4. 風景 / 中塚正人 5. 雪の月光写真師 / 若林純夫 6. 雪まつり / ザ・オイルフィット ブラザーズ 7. 虹の民 / 中川五郎とたらちねしょんしょんバンド 8. 祝婚歌 / 中川五郎とたらちねしょんしょんバンド 9. プカプカ / 西岡恭蔵 10. 街の君 / 西岡恭蔵 ディスク: 2 1. こうもりが飛ぶ頃 / はちみつぱい 2. 煙草路地 / はちみつぱい 3. 私の青空 / 高田渡 4. 私は私よ / 高田渡 5. 石 / 高田渡 6. 時は過ぎて / ザ・ディランII 7. ガムをかんで / ザ・ディランII 8. 茶色い帽子 / ザ・ディランII 9. 悲しみは果てしなく / ザ・ディランII 『春一番ライブ '74』 1. わたしの自転車 / Jam 2. 淋しい気持で / なぎらけんいち 3. 夏バテ / 布谷文夫 4. 週末 / 吉田美奈子 5. 神田橋 / 林亭+林宏 6. ものもらい / 高田渡 7. 蛙の歌 / 高田渡 8. 生活の柄 / 高田渡 ディスク: 2 1. 中耳炎 / 中塚正人 2. 夕暮れ時に / 朝野由彦 3. 水を一杯 / いとうたかお 4. 悲しみの季節 / 金森幸介 5. Come To My Bedside / 中川五郎 6. 悲しみのセールスマン / ザ・ディランII 7. 俺達に明日はない / ザ・ディランII 8. 女王様の恋 / ザ・ディランII 9. 男らしいってわかるかい / ザ・ディランII お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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