複製技術時代のスティぐれール
軽井沢で書いていた昔ばなしです。= = = むかーしむかし、あるところに、”スティぐれール”という名の可愛らしいデバイスがありました。”スティぐれール”は、風呂敷にすっぽり包めるほどのお手ごろなサイズ感で、図体ばかりばかでかい上にイメージしか複製できない旧来型の装置とは違い、物体や人間をも複製できる優れもののデバイスでした。おじいさんとおばあさんは、”スティぐれール”を”複製技術時代の芸術作品”と呼んで、たいそう可愛がっておりました。 ある朝、おじいさんとおばあさんが目覚めますと、おやまあびっくり!おじいさんが7人に増えているではありませんか。”スティぐれール”がおじいさんを複製したのです。「あたしゃ白雪姫かい!」おばあさんは絶叫しました。しかし目の前にいるのは7人の小人ではありません。7人のおじいさんです。おじいさんズは連れ立って、山へ芝刈りに行きました。 しかし可愛らしいデバイスの高度な複製技術が、夫婦間の亀裂を決定的にしてしまったようです。「まったく、おじいさんひとりでもてぇへんだってのに、おじいさん7人も相手にしてられるかってばよ。」おばあさんは独り言をいうと、荷物をまとめて出て行ってしまいました。おじいさんズは悲しみました。しかし悲嘆に暮れるには及びません。なぜなら”スティぐれール”がおじいさんを無限に、複製してくれるからです。 おじいさん1「ワシは純潔じゃ。」おじいさん2「ワシが純潔じゃ。」おじいさん3「ワシも純潔じゃ。」 夜になるとおじいさんズは純潔を告白しあいました。なんと美しいホモソーシャルな共同体でしょう!純潔を誇るおじいさんズの傍らで、可愛らしいデバイスがおじいさんを孕み、複製し続けています。"スティぐれール”はおじいさんズに大いなる母と崇め奉られるようになっていきました。 可愛らしいデバイスの複製能力は衰えることがありません。おじいさんは順調に増えつづけ、おじいさん集落を形成しつつありました。装置"スティぐれール"の下で自由の新しい誕生を迎えたおじいさんの、おじいさんによる、おじいさんのための政治。おじいさんはみな平等に創られているという信条にささげられた新しい国家の誕生です! ……ところが、国家おじいさんズに、流行り病がございました。それは西方から到来した、かなり感染力が高く、重大な病。その病は"個"と呼ばれます。おじいさんズは自らのうちに"個"という内なる主体をもとめて思い患うようになってしまったのです。美しいホモソーシャルな共同体に、陰鬱な気配が垂れ込め、己のアイデンティティを求めて彷徨うおじいさんズの姿がたびたび確認されるようになりました。 やがて、おじいさんズは、それぞれが我こそがオリジナルなおじいさんだと主張しだしました。”スティぐれール”がはじめに複製した原版はワシじゃ、と取っ組み合いのけんかをはじめたのです。実は"スティぐれール”は原版なしに複製が可能な可愛らしいデバイスだったのですが、おじいさんズには容赦なく近代化の波が押し寄せ、オリジナルなワシへの執着はとどまるところをしりません。 ダイバーシティの重要性を説くおじいさん長老もあらわれました。個の多様性を強調するおじいさん長老をまえに、同じ顔つきをしたおじいさんズが神妙な面持ちでうなずいています。阿Qという名の男の幽霊が、おじいさん長老の耳元で「俺たちに個性なんてないぜ」と呟きましたが、それはあまりにも受け入れがたい真実だったので、おじいさん長老は顔を真っ赤にして、幽霊のささやきを黙殺しました。久しぶりだなあ、俺は阿Qだぜ可愛らしいデバイス”スティぐれール”は、ざぶとんに鎮座して、おじいさんズの取っ組み合いのけんかや、おじいさん長老のダイバーシティについての長々しい説教のもようなどを眺めていました。”スティぐれール”は機械であり複製欲はとくにありませんでしたので、生きものたちが増殖を志向し、しかも個体差を主張するのが不思議でならなかったようです。 ある日、ざぶとんに鎮座するデバイスのそばへ、全身タイツにハイレグビキニを纏った女性が現れました。あんに女史です! あんに「スティぐれール!スティぐれール聞いてる?あなた、何人のおじいさんを不幸にする気なの?」 あんに女史は、ハイレグビキニの左胸から風呂敷をサッと取り出すと、その可愛らしく、罪深いデバイスをすっぽりとくるみました。 あんに「まったく、スティぐれールの異世界転生ぐせも、どうにかならないものかしらね。よっこらせっと。」 あんに女史はデバイスを担ぐと、すたこらさっさと歩みを進めてまいります。あんに女史の背中に揺られながら、”スティぐれール”は呟きました。 スティぐれール「……ジジイじゃなくてババアの方を複製しとけばよかったかな?」