|
テーマ:政治・社会問題(2921)
カテゴリ:政治を考える
【絶句】安倍政権の憲法改正案の根底にあるもの。
先日、池上彰さんの番組でもやってたので、安倍政権の閣僚のほとんどが、神道政治連盟という 謎の宗教団体に属してる事を、知ってる人も多いと思う。 そして、安倍政権のバックボーンにあるのが、日本会議という団体である。 この2つは、根っこが同じで、神道政治連盟は日本会議の政治家版と考えても差し支えないと思う。 (出典:日本会議公式WEB) 私は、この人たちが神道をかたる事にとても憤慨してる。 本来の神道は、1つの宗教と言うより、昔から日本人の生活や文化に自然に溶け込んだ、 日本人の倫理観の基礎となっている考え方だと思う。 日本中に放射性廃棄物をバラまいたり、 福島の子どもたちを切り捨てたり、 自主避難者への支援を打ち切ったり、 基地を沖縄に押し付け、当たり前のように差別したり、 そんなのが神道の理念であるわけがない。 本来の神道とは何か? こちら↓を読んで欲しい。 神道とは – 神道国際学会 そんなに長くないのですぐ読めますが、忙しい人のために一部抜粋します。 ---------------------------------------------------- 神道とは日本の土着の宗教です。 日本の古代から現代に続く民族宗教であり、日本人の生活文化の全般に浸透し、 しかも外来文化を受け入れて、日本的に変容させるというエネルギーをもっています。 その原点は古来の民間信仰と儀礼の複合体で、動物や植物その他生命のないもの、 例えば岩や滝にまでも神や神聖なものの存在を認める いわゆるアニミズム(精霊信仰)的な宗教です。 神道は、それを作り出した教祖もなく、 キリスト教における聖書やイスラム教のコーランにあたる教典もなく、 組織化あるいは体系化された教団もありません。 そのため、神道は宗教ではないとさえ言われています。 このような日本独特の宗教共存を可能にしたのは、 八百万の神々を崇拝する神道が基盤になったからです。 神道には、もともと包容性があり、客人(まれびと)を大切にして、 異文化との接触による文化変容を可能にする素地がありました。 これを人間の身体にたとえてみると、日本人は自分たちの作った食物のほかに、 外国から入ってくる食材をもとにして新しい食物を食べ、 それらを消化して、栄養源にしている、と言うことです。 遠い祖先の時代から受け継がれて来た日本の伝統的な信仰である神道が求めるものは、 自然とともに生き、祖先の心を己の心とし、人と平和に暮らすことであります。 自然と調和して生きることによって安心を見いだし、 祖先の時代から受け継がれて来た伝統を尊重することによって精神的な支えを得て、 人と人とをつなぐ絆を大切にして、より良い生き方を見いだすことができるのだと、 日本人は昔から信じて来ました。 本来、日本人の自然観は、畏敬の念をもって神々の世界としての山や森、 川や海に接することでありました。 こうした態度はおそらく日本の土地が青々としていて海に囲まれ、 比較的温和な気候とはっきりした四季に恵まれているせいでもあるでしょうが、 ともかく日本人は自然を征服すべき敵としてではなく、 慎みをもって接すべき神々の恵みあふれる聖なる空間として見たのです。 --------------------------------------------------- つまり、森羅万象の中に神の存在を感じ、それを畏れ敬う謙虚な姿勢とか、 (トイレにも神様がいたりする!) 異宗教に対しても寛容で、決して排他的では無く、 それどころか、異宗教も自分の血や肉として取り込んでしまえる包容性があり、 自然や異文化、異宗教とも共生して行ける、それが神道なのだと。 そうやって、遠い先祖の時代から受け継がれて来た神道なのですが、 それに対して、 19世紀になって、為政者たちが神社を整理統合し、国家の支配下に置いた。 これが国家神道だとしてます。 重要な部分を抜粋します。 -------------------------------------------------- 200年以上にわたる鎖国による封建主義が終わりをむかえようとした1860年代から、 日本が新しい国づくりを目指す文明開化という時代に入ったからです。 ヨーロッパやアメリカで、自分たちとは違う文明や価値観を見聞した日本の為政者たちは、 日本にも精神的な規範が必要だと考え、神道が日本の伝統的な信仰であり、 日本人の日常生活に深く浸透しているものであることに着目しました。 そこでまず神社と寺院とを分離し、さらに神社を整理統合し、 国家の支配下に置くことにしました。いわゆる「国家神道」の発生です。 -------------------------------------------------- そして、過去の戦争において神道が政治利用された事をこう書いてます。 「私は日本人の一人として、国の政策によって作り出された国家神道が、 わずか80年足らずの存在だったとはいえ、近隣諸国で神道の名の下に、 神道本来には無い活動をしたことを恥ずかしくおもいます。」 ならば、本来の神道と国家神道は別もの。 安倍政権の言う神道は、国家神道なのでしょう。 戦後GHQにより、神社を国家の関与から切り離すことを命じられ、 解体したはずの国家神道を、彼らは復活させたのです。 再び神道を政治利用するためにです。 本来神道には無い活動をするためにです。 宗教の政治利用、それの行き着く先は戦争です。 それは、悲劇しか生みません。 そんな事は、歴史を知ってるものなら誰でも分かる事だし、 現在の中東の現状を見ても、わかる事です。 世の中の宮司さんたちは、どう考えてるのだろう? 国のやり方に憤慨してる宮司さんだって、きっと居る筈だと思い、探しました。 そして、ある宮司さんのブログに辿り着きました。 それをじっくり読んで、私は叫びたくなりました。 ぅあああああああああああ! と。 言葉では言い表せないものがあります。 そのブログにはこうも書いてありました。 「不思議なことだが、多くの日本国民は、今後、数回にわたる改正で完成する新憲法が、 民主主義と市場経済を破壊するものであると薄々承知して、賛同しているように見える。 基本的人権は守るに値しない、鬱陶しいものと考えているように見える。 日本人には、「自由」であることが耐えられないように見える。」 もしあなたがこれに該当しないのなら、ぜひ下のリンクを辿って読んでみて下さい。 かなり長いですが、読む価値はあります。 神社本庁(日本会議)の見果てぬ夢 ◯安倍第一次内閣の法務大臣の発言 「平和主義、国民主権、基本的人権、この三つをなくさなければ、真の憲法の改正とはならない」 ◯日本会議副会長の小田村四郎氏の発言 「国民主権、平和主義、基本的人権の尊重という虚妄をいつまで後生大事にしているのか」 これが、安倍政権の目指す憲法改正の正体です。 私は初詣に行かないので知らなかったのですが、 各地の神社で憲法改正の幟を立て、署名を集めてたそうです。 (画像の出典はコチラ) 恐ろしい事です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2017/01/09 12:19:42 AM
コメント(0) | コメントを書く
[政治を考える] カテゴリの最新記事
|