LUCAS DEBARGUE: SCARLATTI・CHOPIN・LISZT・RAVEL
レコード芸術の今月号で特異な才能が絶賛されていたルカ・ドゥバルグのデビュー・アルバムを聴く。1990年フランス生まれで、その経歴がかなり変わっている。そもそもピアノを始めたのが11歳で普通の大学に入ったりして途中ピアノを演奏しない時期もかなり長かったようだ。突如としてピアノを再開したら、その超絶的なテクニックとともに瞬く間に評判になったようだ。2014年のチャイコフスキー・コンクールでは4位に終わったが、コロンビア・アーティストやソニーと契約して、来月はクレーメルの伴奏者として来日するようだ。経歴からして変わった演奏をするのかと思ったら、それほどでもない。音楽一辺倒ではない経歴がかえって懐の深い音楽を生み出している面がありそうだ。最初のスカルラッティはオーソドックな解釈でスカルラッティの音楽を生き生きと描いている。余計なことをしていないのだが、スカルラッティの古の響きが甦ってくるようだ。K209では音価をすこし短めにして、素朴な弾き方をしているのがいい。k24の速いパッセージではチェンバロの音が聞こえてくるようだ。k132のゆったりとした音楽も雰囲気がいい。後半テンポを落とすことによって、しみじみとした情感が表現されていた。私はスカルラッティの音楽は不案内だが、とても楽しめた。他の演奏家の演奏も聴いてみたい気にさせてくれる演奏だった。ショパンの第4番もごくオーソドックスなアプローチでテンポも少し遅め。温かみのある音楽で、若さに似合わず詩的で味わい深い演奏だ。これだけ聴かせる演奏も、それほど多くはないと思う。リストはルバートが多用され、かなり独特な演奏になっている。細部が少し怪しいところもあるが、生き生きとした表情が冴えている。中間部は妖しい美しさが感じられとてもいい。この曲はテクニックが難しく、普通の演奏では聞こえてこない物語が聞こえてくる感じがする。ドゥバルグの演奏では技巧の困難さを軽く飛び越えているからだろうか。後半のアーティキュレーションもデフォルメされていて、かなり独特だが、嫌味はない。最後の音を短く切っているのも独特で、おもわず「おっ」と声が出てしまった。アルバムで最も成功しているのはラヴェルだろうか。かなりインパクトのある演奏だ。遅めのテンポで打鍵が強くメリハリが効いているのが、この曲のおどろおどろしさとスケールの大きさを際立たせている。この曲でそう感じたのは今回の演奏が初めてだ。名盤として名高いアルゲリッチを聴いてみたら、なにやら手先でちょろちょろ弾いているような平面的な感じを受けてしまった。ということで、かなり主張のはっきりした演奏とオーソドックスな演奏が共存しているなかなか興味深いピアニストだ。ライブ録音なので、S/Nがあまり良くないし、会場の雑音が時折聞こえるのは、彼にとって気の毒な環境だった。音もかたい。そのせいかわからないが、響きが整理されていないため全体的に騒々しい感じがする。ラヴェルではそれが特に感じられる。今回の曲が彼にぴったりの曲目かどうかわからないが、はまればとんでもない演奏になる気がする。録音当時25歳だというから、これからどれだけ大きくなるか想像もつかない。今後大いに期待できるピアニストだと思う。LUCAS DEBARGUE: SCARLATTI・CHOPIN・LISZT・RAVEL(Sony 8875192982)1.Scarlatti:Sonata in A Major, K. 2082.Scarlatti:Sonata in A Major, K. 243.Scarlatti:Sonata in C Major, K. 1324.Scarlatti:Sonata in D Minor, K. 1415.Chopin:Ballade No. 4 in F Minor, Op. 526.Liszt:Mephisto Waltz No. 1, S. 5147.Ravel:Gaspard de la Nuit10.Grieg:Lyric Pieces, Book III, Op.47: 3. Melody11.Schubert:Moment Musical, Op. 94, D. 780: No.3 in F Minor12.Scarlatti(arr. Debargur):Variation I on Sonata in A-MajorLucas Debargue(p)Recorded Paris,Salle Cortot November 20-22,2015