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Her's(ハーズ)奮闘記!

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2013年06月14日
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私の『最愛の』と呼べる友人の1人で、本当に素敵な女性がいます。

高校時代は、いつも一緒に過ごしていましたが

卒業後は、彼女の進学が関東だったうえ、ご実家も関東に転居された為

1~2度しか会っていません。

東京での結婚式にお招き頂いた時は、ムスコを身籠って9カ月目のかかりでしたが

最愛の彼女の為に、喜んで出席させて頂き、友人代表のスピーチも仰せつかりました。

その後すぐ、ご主人の海外赴任に同行したので(数年を経て先般帰国しましたが)

結婚式以降は、一度も会っていません。

それでも、これもご縁なのでしょうか、お互いそれは大切に思っていて

会うことも、会う約束をすることもなくても

『繋がっている』実感は、ひしひしと感じています。



さて、そんな彼女は、私に言わせれば、ずばり『セレブな奥様』!

2人の坊やに恵まれても、いつも身なりを綺麗に整え、ホームパーティーを開いたり

まぁ、ガサツな私から見れば、文字通り憧れの存在です。

その優雅な生活の様子は、私には一生縁のないような、ドラマのような別世界で

但し、決して羨んで自分を卑下したりすることはありませんが(苦笑)

とにかく、私とは真逆のところにいることは間違いありません。



折に触れ、彼女と連絡を取り合う時

素直に『貴女の生活は、私の憧れ』という思いを伝えるのですが

そんな時、ハタと気付かされることがありました。

それは『貴女こそ、憧れよ!』という、思いがけない彼女の言葉。

私の目には、彼女の暮らしぶりは理想的で、実現し得ない別次元のことに映っていましたが

私の生き方もまた、彼女にとっては“自分には出来ない”憧れだと。



ナルホド。

灯台下暗し、人間、自分の日常には鈍感になるもので

“そこに無いもの”への憧れは、ついつい募ります。

しかし、自分だけが、自分に足りないモノへの羨望を抱いていた訳ではなく

周りの誰かもまた、同じような思いを抱いていて。

そして、自分にとっては極めて平凡で、ありきたりな日常が

別の誰かにとっては、得も言われぬ輝いたものに見えることがあるのだな、と。

(つまり、こんな私(アナタも!)でも、誰かの憧れになり得ているという事実!!)



周りを見回してばかりで、あれが無いこれが欲しいと、欲をかく一方では

自分の足元にある、かけがえのない大切なものを見失いがちです。

便りの無いのは良い便り、と言われるように

取り立てて変わったことが無いことこそが、実は何よりの幸せなのかも知れません。



憧れや、そこからくる向上心などは、大事にしたいものです。

でもそれを、『それに比べて、私は・・・』と悲観する材料にするのではなく

『私も、あんな風になりたい!』と、糧にするも良し、或いは

『あんな風にはなれないけれど、私はこうあろう!』と

自分らしさの再認識と共に、自分に自信を持つことに繋げるも良し、

常に自分の足元を見据えて、等身大の自分で、着実に磨きをかけていきたいですね。



もう少し踏み込んで。



最近、学会など、わりと遠方に出かける機会が多くなりましたが

それに伴って『そんな遠くまで!』『勉強熱心ね!』など、お褒め?頂くことも増えました。

私自身、まぁ、正直言えば、自分でも“頑張ってるな”と思わなくもないですが(笑)

別に『なんて立派なことをしてるんだろう!』なんて意識を持ったことはありません。

けれども、ちょっと考えてみると、少し前までの私は

東奔西走する方々を見て『すごいなぁ!』『えらいなぁ!』と賛辞を贈る側にいました。

それもやっぱり、どこかで“私にはできないこと”をしている、という

憧れや羨望に似た感情があったのだと思います。



でも、自分自身が、向学心だったり、必要に迫られて

『行かなきゃ(動かなきゃ)!』と切実に感じた時

それは別段、大したことでもなんでもなくなっていたんですね。

(ただ、『行かなきゃ!』から『行くぞ!』になるまでが、厄介なのかも知れませんが^^;)



“きっと、自分にはムリ”と、端から自分にブレーキをかけて、可能性を制限していたら

拡がるべき未来はつまらないものになってしまいます。



私の場合は【家庭】最優先が信条ですから

留守にしたら家族に迷惑を掛けるとか、そういった思いが、最大の足枷でした。

もちろん、乳飲み子を抱えているなど、明らかに物理的にも無理があるのに

それを押してまで己の希望を叶えようとするのは頂けませんが

ある程度、状況が許すなら、一歩を踏み出せるかどうかは、自分自身の気持ちひとつです。

目的もなく、ただ浪費する為に遊びに行く、なんてことなら

自分も気が咎めるでしょうし、家族も快く思わないかも知れません。

でも、正当な目的があり、それが様々な形で(たとえ家族に対して直接的でなくとも)

必要とされる所に還元できるものとなるなら

家族もきっと理解してくれるでしょうし、そこに負う自身の責任も伴います。



要は、自分の背中を押すのも、家族や周囲の納得を得るのも

自分の【真剣さ】にかかっている、ただそれだけなんだな、と。


“しない(出来ない)”ことの理由を、環境などに転嫁している内は

いつまで経っても、青いのは隣の芝生ばかりです。

しかし、自分の庭(基盤)を見つめ、きちんと手入れして自己管理に励めば

自分の庭も、隣に負けないくらい、青々と育っていく筈です。



仕事でも、私生活でも、漠然と焦りを感じることってあると思います。

そんな時は、他人や書籍などの周囲にヒントを求めるよりも

まずは、自分自身ときっちり向き合い、見つめ直すことで

自ずとヒントが見つかるんじゃないかな、

その方が、自分らしさを活かせる、本当に価値ある結果に繋がるんじゃないかな、

最近は、そんな風に感じるようになりました。


【無い(得られない)】ものばかり欲するよりも

【有る(持っている)】ものを活かせる方法を考える方が

よっぽど建設的で、エコ?(笑)なのではないでしょうか(^^)



唯一無二の自分という存在を、まずは自分が大切にしていきたいですね。









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最終更新日  2013年06月14日 15時13分14秒
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